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トマト

 冬を乗り越えて固くなってしまった土をほぐし、栄養土を注ぎ足して、買ってきたポプラ然のトマトを鉢に移す。
 小さな世界しかしらないポプラトマトは、小鉢よりさらに広がった大鉢という新しい世界に、何の疑いもなく根を広げ、与えられた任務をまっとうするかのごとく凛として葉を広げ、空を仰いでいる。
 水をやる。
 日がかなたの稜線に沈みかけた午後だ。季節感のない四月が終り、意味もなく日の入りは長くなり、光合成をする時間も長くなった。彼らのような植物にとって、昼に光合成をするのが生きるということなのか、夜に呼吸をするのが生きるということなのか、人間の私たちにとってそれは分からない。昼も夜も生きているだろうという声が空からふってくる。空という名の浅ましい経験の海が、へのへのもへじの顔つきをした人間まがいの人形へと形を変え、それらが口々に言う。生きてるっしょ。
 仕事かプライベートかどっちかに生きるとうたう人間に、植物の生き方の何が分かるというのだろう。そこに土と水と光があるなら果てのない空を目指して伸びていくし、何かが欠けるというのなら、それに抗うことなく枯れていく。川の流れのように、環境に、状況に、逆らうことなく従う彼らに、運命にひたすら挑戦を挑み続ける人間が、いったい彼らの何を語るというのだろう。
 葉についた水滴が滑り落ち、土に染みこんでいった。
 真夜中に水をやる。
 暗闇のなか、産毛に似た繊毛が水を纏い、黒い光を反射している。おまえは、こういうのが好きなのだろうと、ばかにする生意気な声が錯聴する。それ以上余計なことを言うと二度と飲ませてやらないと言わんばかりの意志を含め、だまれよ、と湿めっぽく言うと、ポプラが押し黙る気配がした。愉快だった。
 自分にとって、夜は頭がそれなりに動く世界ではあるが、当然のごとく植物はそれに対し意見をしない。意見を持ち得ないはずであるのに、しかし彼らの葉は光合成をする昼のときのごとく、はずかしげもなくけったいな生命力を誇示している。たとえばバツイチの女と未成年の男との情事、たとえば老婆の部屋の暗闇に息づく膨大な時間の流れ、たとえば仕事と家の充実に満足できない絡み纏わりついてくる過去。すべてが生きているのだと暗に訴え、せせら笑うようでもある。
 携帯で写真を撮る。
 ちっぽけなポプラは近い将来、実を育むことを予知しているだろうか。真っ赤にきらめき張りのある、カラスからしてみれば魅力満載の、生命力あふれた羨望そのもののご馳走を、この先無防備に咲かせてしまうことのその覚悟を、等身大さながらしているだろうか。そして、覚悟などしないのだと彼らはほのめかす。同種族の例外はなく、川の流れのように、その実はみごとにはらんでいく。毎年くりかえされるルーティンワークのように。
 問う。本当に、きみたちは例外はないのかと。わたしたちは、やっぱり違う生き物であって、違う路線の上を走っていて、「生きる」上での意見や姿は、何の参考にはならないのかと。答えは返らない。
 もし、その実が金色に育ち、その実が月の輪に姿を変え、その実が花を咲かせるのであれば、おまえは何かわかるのかと訊かれれば、どうするのだろう。問われないことをいいことに、堂々とポプラに向き合っていることと、不安に背を向けていることとをすりかえていることに気付いてしまう。
 まあ、またおいでよ。水を持って、一日二回、俺に会いにきな。相手をしてやるからさ。
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