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天地

 レイニングアニマルズ、エアロゾルレイン。空から降ってくるものは、何も太陽の光や雨だけとは限らない。
 コンビニでペットボトルのお茶を買い、事件翌日の現場へ向かい、並んでいるようにみえる列を見つけて順番待ちし、汗をかいたお茶を供えしばしその場に立ち止まる。雨の夜だった。
 母の日に池袋で京劇を観たあと、東京の新しくできた丸善へ寄り、カメラスタンドを買いに秋葉原にも寄った。一週間前だった。京劇のチケットは初公演のもので、兄が前々から予約をして張り切って手に入れたものだ。劇団スタッフやスポンサーの予定が狂えば公演予定は延びていたし、もちろんそれにあわせて観客も足を運ぶ日はずれていく。自分たちがあの日殺されても何ら不思議はなかった。不思議はないが、自分は選ばれなかった。そして、選ばれる選ばれないの理不尽な決定に、今なお眠れない夜を過ごしている人がいる。
 メディア、一般人の行動、治法への叩きはおぞましい連鎖と既視を覚え、悲しみにあけくれる人々を置いていく。二日たって彼らが思うのは、「それでも世界は回ってるのか」だろう。
 鬼を目前にして逃げた人々が良心の呵責に苛み、遺族が理解不能な現実にふりまわされ咽び、殺され死んでいく人の目を見た通行人がそれを思い出し震え、故人を持つ人々がメディアに触れて怒りを覚え、ありのままの自分を持て余す人々が戸惑い、加害者なのか被害者なのか将来の姿を予測できない人々が駆けつけ、色んな情動が渦巻く中、ただ無機質に存在しているのは花束とペットボトルだけ。自分たちがあの場面に出くわしていたら、どの位置に立たされたのだろうと思いを馳せはじめると、泣き出す人があらわれはじめた。
 報道やドキュメンタリーの最後に必ず追悼の意を告げ、しかし遺族はテレビも電気もつけない。意図的にしろそうでないにしろ、冥福もくそもないと思っている遺族に、あてつけがましい悔やみなどありがた迷惑なのだということに気付かないふりをするのが常世の風。死んでなんかない。死ぬはずがないのだ、息子が娘が父が教え子が。募るばかりのはちきれそうな激情の行方は、周囲への怒りへと姿をかえることもある。
 手を合わせることはしなかった。だからといって隣で泣きながら手を合わせている人たちを非難するつもりはない。自分にその祈りを届けきる強靭な精神力がないことを知っているだけだ。震え、脅え、逃げ、逃げおおせ、立場を置き換えれば、まずここには来ていないことを知っている。人間として恐怖に脅えるのは当たり前の感情だと慰める言葉は何のすくいにもならず、ただやり直すつもりもやり直すこともできやしない後悔に、ぐしゃりと押しつぶされるのは目に見えている。
 手を合わせることも目を閉じることもできず、ペットボトルを押し付けてさっさと帰った。帰りの電車のドアに頭をもたげながら、あいかわらず生死に鈍磨していることに落胆する。近所にあるコンビニで、置いてきた同じお茶を探し、それを飲みながら歩いていると、ほとんど惨めな気分になった。月も星も見えず、傘もどこかに置き忘れてきた、あの日も雨だったしどうせ明日は適当に晴れるのだろう。ぐずりながら歩き続けていると足が痛くなり、ついには夕食も面倒になる。疲れている。しかしどうせ身体の疲れなどいつか癒える。頭痛がして風呂もいい加減にベッドに入り横になったが寝つきが悪く、音楽をつけていないことに気付く。習慣は便利だが、面倒でもある。夢は見たが、感慨もなく記憶にない。ただし、雨は見た。上を見ていた。魚本体と、鳥の血の雨だった。遺族が願う世界の流れのように感じた。そのまま天が落ちて、地が割れれば、人は初めて等しくなるんだと。悲劇が通じるんだと。

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