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小夜時雨

 驟雨のような寒い水玉が服をぬらす。赤羽ホーム先端で第一車両の扉が開く。喫煙エリアがボックス型に隔離され、効果的に分煙できている駅は少ない。たばこの副流煙が風に乗らずに湿った空気のなかで泳いでいる。煙は確かに彼らの上方を泳いでいっているはずなのに、電車の内部へと入り込んでいる。感知しているのは鼻と喉だ。
 たばこを吸わない人の受動喫煙の弊害が危ぶまれてから久しいが、この国ではあんまり効果的に浸透されていない。日本で危惧されていないのは、各国のたばこのパッケージを比較してみればわかる。産業が説得力のある形で示していないのは日本だけなのだ。タイやインドネシアではホラー映画で使われるようなどす黒い肺をパッケージにカラー撮影して載せており、たばこを吸うということは自他ともに肺をこんな風にさせるのだという忠告を示しており、日本のような「吸いすぎに注意しましょう」「飲みすぎに注意しましょう」というどうでもいいですよ調で謳ってはいない。日本は誰が肺ガンでおっ死のうが売れりゃいいのである。
 発ガン性クラスとしては「A」と認定されている副流煙。「私は非喫煙者だから大丈夫」だからと、皮膚がんの恐れになるからといって紫外線対策にUVAカットクリームを塗りたくり出勤し、職場で同僚の副流煙を吸っていることに気付いていながら目を瞑るのは、たばこ産業による非喫煙者への「鈍磨」という弊害が出ている。合法的に約束されたたばこに同意して喫煙するのは喫煙者の権利だが、非喫煙者の権利はどこにも約束されておらずたばこによる障害に脅えるだけだ。飲み屋に妊婦がきている姿も異形だが、その隣にいる夫が店員に「灰皿を下さい」と言い出した日には世も末である。
 だが不思議なことに、不特定多数の副流煙を煙たがる(煙なだけに)非喫煙者も、しかしそれをどこかで同意している場面があるのも事実なのだ。「この人のたばこなら受け入れても平気」世話のない話だが、どこか頭ごなしに否定できない。
 同棲生活、ホスピス、親友、一つ階段を下がれば会社でも学校でも(いけません)友人宅でもあり得る話。すべての元凶は人間関係から始まっている。わびさび謙虚な姿勢から始まる受動的な文化にあれこれ方程式のような水差しは無用、ということなのだろう。実は本末転倒な話ではあるのだが……
 ところでたばこを喫煙しはじめた当初の理由を、喫煙者は数ヶ月後には忘れているという話がある。何をするにも理由があるだろうという説は廃れてきているが、喜怒哀楽がすっぽり抜けている点が気になる。人それぞれだが、スポーツであれば汗をかけて楽しくて健康的だから、リストカットであれば悲しさや苦しみを痛みで昇華したいから、飲食であれば美味しいし誰にも迷惑をかけないから、という明確な動機付けのようなものが見当たらない。たばこに関しては「なんとなく」「気付いたら」といった答えが返ってくるのが九割を越えている。スポーツでもリスカでも飲食でも、その人が辞める時期を覚えれば幕を引くのに対し、たばこだけはその習慣に魔性のリズムが隠れている。自傷行為の対価として得られるものにそれほどの価値があるとは思えないが、辞めない理由というのはそれなりにあるのだろう。手に入りやすいし、始めやすい。
 スポーツもリスカも飲食も前衛的な意味で一括りにしたが、人によっては生死に関わるほどの深い関係を持つ場合もある。仕事をなげうって身体を酷使し呼吸するのでさえ苦しくなるその瞬間にだけ、カッターを引く瞬間にでる赤い玉を舐めて痛みに頭をもたげるその瞬間にだけ、生きたくても生きた心地を感じられずそれでもなんの味も感じない炭水化物を摂食嚥下するその瞬間にだけ、生きた心地を感じる、または感じたつもりでいようとする人がいる。本来、たばこという存在はこのあたりの位置にあるべきものだったような気がするのに、いつの間にか人々の間で普遍化していた。私はたばこを吸う人には動機を持ってほしいと思っているのかもしれない。人と共存する上で相手の生の一部または全てを奪っているという意識と、それを補うための優しさを持ってほしいと思うのかもしれない。非喫煙者の喫煙者に対する上から目線に疑問を覚え、喫煙者の非喫煙者に対する気遣いにときめきを覚え、日本は忙しい国である。
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