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 その女の印象は、僕が正規部隊の人間に抱いている冷めた感情の範疇から、決して逸脱できるほどいいものではなかった。
 誰の何者の風下にも立ちたくないといわんばかりの、傲慢な若さと隙のない美しさ。
 上忍になりたてでまだ己の能力の上限を知らず、また才能の果てがあるなど想像もしていないような生意気そうな顔つき。
 往々にして『暗部』と任務を共にする場合の『上忍』というものは、大なり小なり余裕を失うものだ。
 素直な向上心を汚染してしまう、憧憬の入り混じった敵愾心。焦燥感。
 実力がこちらに比べ少しだけ劣る者よりむしろ遥かに劣る者ほど、扱いに難儀する。
 そういう意味で、今回の僕と先輩のツーマンセルに不自然に放り込まれたこのくノ一が、妙な反発心を育てたり、僕ら二人を実力という面で値踏みしてどちらがより『強いか』だなんて任務とはあまり関係のない無駄な比較をすることに固執したりして、精神の不安定さを別の感情に転換させるなんてことも十分考えられたが。
 時間の経過とともに彼女の自信に裏打ちされた微笑は瓦解し、明るい色の瞳は焦りを映しはじめた。
 しなやかに動いていた体は強張り、著しくその機能を低下させ、時に本人の意思を受け付けなくなった。
 僕は萎縮する彼女を背に庇い、代わりに剣を振るい、攻撃を受け止めた。
 彼女はもう、三度は死んでいる。

 里は何のために、使い物にならないとわかっている彼女に、わざわざこんな状況を体験させるのか。
 残酷な。
 既にこの場での己の無力さを悟った彼女は、僕らの邪魔にならないことだけを念頭に動いている。
 だが、ぎりぎり彼女を立たせている克己心が、時に揺らぎそうになるのを僕は見て取った。
 下手に甘い手を差し伸べれば、彼女は消える。緊張の糸が切れる、その限界が近い。
 「暗部の男が二人に、上忍の女が一人。最初は自然な形の見合いというか、恋愛用かと思ったんだけど違うね。一人あぶれちゃうもん。慰み用だよ。里から俺たちへの、褒美だね」

 男を与えられることもあるのよ。ついてたね。
 彼女には聞かせないように、穏やかな目でそう言った先輩を、僕は驚きの感情で見つめた。
 生に対する当然の執着心と、年齢がそうさせるのか、暗部の人間の貞操観念は正規部隊のそれよりゆるい、あるいは乱れている、とはよく言われることだ。時にうんざりさせられながらも、僕とて、完全に例外とは言い切れない行動をとることもある。
 だが、「先輩。もしかしてその気があるんですか」
 「そういうお前はどうなのよ」
 ゆったりとした口調でこちらを観察する色違いの瞳が、真実何を探ろうとしているのかわからず、僕はまた言葉を失った。
 二人でやるか、どちらかに譲るか。
 先輩が男同士の下衆な打診を口にしているとは、思いたくないという気持ちが強かった。
 「無事に、帰してあげましょうよ……」
 「それは手をつけず、無事に、という意味で?」
 「はい」
 しばらくじっと僕を見つめていた先輩が「いいよ」と一言告げただけで、僕はほっと安堵していた。
 綺麗なふりをするわけではないが、人間なんて極限状態や欲の前ではどいつもこいつも同じだ、という気まずい時間を、僕は先輩と過ごしたくはなかった。
 男二人の意向から己の与り知らぬところで運命が決まった彼女に、先輩は必要以上の接触をせず、残った僕は、注意深く彼女の揺れる内面を気にしていた。
 我慢強くて、無闇に男に頼ろうとしない、潔い女だった。苦しく絶望的な状況の中でも、決して狂おうとしない。
 こんな稼業に身を染めていて、誰かを助けてやるだとか、見逃してやることに酔っていたら、それは傲慢な偽善でしかないが、こうしてできる範囲の中で誰かを気遣うのは、多分、慈悲の心か、または好意によるものだ。
 無力な子供時代に僕の運命が決定された過程にだって、確かに誰かの慈悲が存在した。僕に触れられた全ての手が悪意と打算によって動いていたわけではない。
 だから。
 膝をついた彼女を、自力で立ち上がろうとする細い腕を、全て承知の上で、引っ張り上げた。
 驚きに固まる瞳が、僕のせいでやがて潤んで、涙になっていくのを受け入れた。
 自分でも驚くぐらいに自然に体と体が触れ、気がつけば彼女を抱きしめていた。

 「恐ろしいうえに、悔しいのよ」
 あまり踏み込めないはずの他人の心の内を、恋人でも大事な人間でもない自分がこんな風に聞いてしまって、すまなく思った。
 男児を望まれた家に女として生まれおち、それでも一族の期待に応えて上忍になった、と女は言った。努力だけではどうにもならない才能を持ち合わせたことを誇りに思っていたのに、むしろその才能に裏切られるなんて、と。
 「忍びとしての才だけで、君の価値は決まらない」
 「そういう世界しか、知らないのに、私は」
 「代わりにできる人間がいるなら、守ってもらえばいい。同じ里の仲間に」
 「でも、ただ守られているなんて、卑怯にならないだろうか」
 「君の事を卑怯だなんて、僕は思っていない」
 彼女は、それでもまだ頑なに頭を振って僕の言葉を否定した。
 だから、言葉で足りない分を、唇で慰めた。
 情欲とは違う部分で、くちづけをし、彼女の髪を撫で、肉体的にのみならず精神的に少し休ませてあげようと密かに印を結んでいるところで、僕は先輩の存在を思い出した。
 眠りについた彼女の体を軟らかい場所を選んで横たえ、闇に包まれてはいても、木の葉の擦れあう音が木遁使いの僕に場の有利さによる余裕を感じさせる深い緑の中で。
 一緒に移動していたはずの先輩は、気配すら感じさせずに座り込んでいた。
 その様子は、一枚の静かな絵画のようだった。

 黙りこくったまま、僕の足音を聞いても顔を上げない。
 「先輩」
 邪魔しないようにって、思ったのよ。
 お前、無事に帰してやろうなんて言っておいて、嘘ばっかり。
 てっきりそんな感じの軽口を叩くかと予想していたのに、先輩の態度は、僕の想像とは少し違った。
 しばらく僕の気配を無視していた後、僅かの笑みも含まない瞳で、僕にすっと視線を移した。急に話し出した声に軽く驚く。
 「お前の目が。ずっと彼女を探っているみたいに、知りたがっているみたいに見えたんだ」
 他人の剥き出しの傷口が、僕には少し珍しく、興味深かった。
 以前には、先輩のことも、よく見ていた。
 何も、弱い感情は読み取れない先輩の、どこか何かをつかみたかった。弱みでも、誇りでも、それこそ何でもよかった。
 先輩は膝を抱えて、少し体を丸めた。
 「お前は、自分より弱い忍しか抱きしめない主義なの?」
 「そんなことはないですよ」
 「恐ろしいうえに、悔しいんだよ」
 声は小さく囁くようで、僕は聞き違いかと思った。
 僕のその様子を確認してか、先輩が少し誘うように微笑んだ。暗に言うでもなく、そそのかすでもなく、ただ湿り風に含まれた、目には見えない怨念やら祝福やらが、たゆたう自然光のように僕たちのまわりで戦いでいた。
 絡みつくような艶やかな先輩の視線から逃れられない。

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