家族一丸となり、代謝異常と診断された少年を見舞う家族の姿が新潟にあった。
骨髄移植が必須と宣告された夫婦は、長男へのドナー提供を申し出たがもちろん相性は合わなかった。対処療法を余儀なく受ける兄を見守る弟、物心はまだつかぬとはいえ、死を予感させる兄の衰弱に弟はある決心をする。「僕なら、どう?」
適合して移植が可能になる確率は、同父母の兄弟姉妹間でよくて30%、非血縁者間では数百~数万分の1といわれている。弟の悲願もむなしく、兄の骨髄と適合することはなかった。夫婦は長男の頭を撫でながらわらにも縋る想いで、病に伏し難病と宣告されたあの凍える日から、祈るように奇跡を待ち望んだ。奇跡を待ちわびながらも、家族は写真を撮ることで雑念をなぎ払う。頑張った、よく耐えた記録を残すためよと母は言い、長男を励ますその声は明るく、早くキャッチボールしようと次男は無邪気に長男の回復を待つ。しかし、祈りは天に届くことはなく、長男は静かに息を引き取った。
長男が天国に渡ったことに違和を感じる次男。兄は病気で死んだ。悲しみに明け暮れる夫婦に、安らぐ日はこなかった。医者が口を開く。「弟さんのことなんですが……」
医者の言葉に夫婦が絶句した。次男が、長男の命を奪ったあの病魔と、全く同じものを患っているということ。
夫婦は残された一人息子に告知する気力も、勇気も残っていなかった。されど、ドナーへの呼びかけ活動に精を出した。確率の低さ、長男の死の前例。次男への責任感、病魔への怒り。
ある日、医者が口を開く。「適合の確認が取れました。彼へのドナーが見つかったんですよ」母は決意をする。
夕食を済ませたあと、母は次男に訊く。「お兄ちゃんはさあ、天国に行っちゃったけどさあ、お兄ちゃんの病気についてどう思う?」
次男は言った。「苦しくて、どうしようもなくて、すごくいやな病気だと思う」母は顔をしかめた。
「あのね、お兄ちゃんが苦しいときに、おまえが自分から進んでドナーを提供しようって言ってくれたとき、お兄ちゃん本当に喜んでたよね。それでさあ、そのときにお医者さんからね、おまえも、実はお兄ちゃんと同じように、骨髄移植が必要だってことがわかったの」
兄が入院してからも何度も耳にした言葉、コヅズイイショク。突然のことに話についていけず、母がむいてくれたりんごをひたすらかじり続ける次男は、最期に見せた長男の笑顔を思い出す。
「お兄ちゃんは間に合わなかったけどね、きっとお兄ちゃんがおまえにお返しをしてくれたんじゃないかな、ドナーが見つかったんだよ。これってすごいことなんだよ。それでね、来週の水曜日から、入院することになるから、学校も休まなくちゃならないの」
事情が飲み込めたのか、りんごをいじる手が止まり、母の言葉に意識が集中する。
「お母さん、寂しくならないように、毎日ずっと病院にいるからね。お兄ちゃんの分まで、がんばらないといけないよね。大丈夫だから、大丈夫」
兄の死を思い出し、恐怖する次男は母に飛びついた。「死にたくない」「病気がこわい」
適合施術後、直後に合併症に苦しむ次男の姿があった。髪は抜け落ち、口内炎の痛みで話すことも叶わず、日常的な嘔吐感にまともな会話をすることは無理な相談だった。母は思う。この子を連れて行くのは、もうちょっと待って欲しい。父は考える。この子は将来、兄の重さを背負うことになるだろう。次男は感じる。自分は、助かった。
生と死を別つ未来を背負った兄弟、その役割の強制的な押しつけを受容した兄弟、四人家族は、三人家族になった。四人で笑った家の渡り廊下の壁には、一面に長男の闘病生活の軌跡が残っている。
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