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 Have a Nice Day.

 中学の終りに殴りこみに行ったNYのブロードウェイミュージカル。ラッシュチケットが利用できるのは英語表記の学生証のみで、うまくいけば80%OFFという値段で買える(当時大体10ドル位)のだが、初めは諦めていた。だが当時の保護者が何をどう手引きしたのか知らないが、すんなり人数分、同僚6人分を用意してくれた。
 ガキに見られないようにできるだけめかしこんでいけよ、という彼の言葉で私たちは前日にホテルでじたばたした。必要以上に饒舌な彼らは意識的に何かを感じ取っていた。二度と会うことがないかもしれないという恐れを払い拭うだけの、単純なその場凌ぎではなかった。
 物騒な土地だけに、垢抜けない子供6人を連れて歩くのは普通の人間ならばうんざりしただろう。緘黙症や乖離症や人間不信やノイローゼ、おまけに思春期真っ盛りの問題児たちをNYに連れていくことは無謀だと幼いながらも思ったが、今改めて考えると、それもアリかと、そこまで危ない橋渡りではなかったような気がする。防衛本能を直接的に刺激すれば、どんな間柄でも連携は生まれるのだ。
 知らない世界に知らない真実があり、新鮮と戦争が入り混じったダウンタウンは、表も裏も手に汗握る景色の連続だった。赤と青と黄色で世界は成り立っているのだと初めて知った。裏道に一歩踏み出せば、麻薬が売られていた。昼には気付かなかったが足元を見ると、どこから流れてくるのか分からない黒い水がマンホールに向かって流れていた。夜だけに見られるありったけの現実が顔を出した。折れた注射器が転がり、生きているのか死んでいるのか分からない人間がレストランの裏口で横たわっていた。高級レストランの厨房スタッフがゴミ捨て場に何か物を投げ、浮浪者と野良犬が集った。道中でビラを配る人間がいたがそれを警戒し避けると跡をつけられた。親しげな老人に「旅行か」と訊かれ適当に答えると頭を撫でられた。答えたのは緘黙症の子だった。レコードを持ち歩いているダメージデニムを穿いた黒人の若者が、黒スーツを着こなした白人と詰り合っていた。信号が忙しなく点滅し、どこからかラッパのようなクラクションがこだまし、悲鳴にも似た叫び声が聞こえた。新聞や雑誌をめくる音が聞こえ、オープンカーの音漏れが聞こえ、カジノのスロットが流れるような音が聞こえた。鼻をつんざくようなアンモニア臭が錆びれた店先から流れ、男を誘惑するような柑橘系の香水をパーカー姿の女性が振り撒き、脂っこいジャンクフードの匂いが屋台からした。イベントのサンタクロースが風船を手に徘徊し、カップルが腕を組みながらじゃれ合い、大通りから枝分かれする小道の間で少年たちが壁にスプレーを掛けていた。これが、夜というものだった。
 「俺から離れるな、なるべく人ごみの中を選んでそれでも距離をはかれ、人の目は見ずに喉元を見ろ」と言った彼の言葉は、日本でたびたび使われる「気をつけて行ってらっしゃい」という儀式的なそれとは違い、生をむき出しにした土地での実用的アドバイスだった。亀裂を作り、生き急ぎ始めたメンバーの誰もが、懐かしい連帯感のリズムに高揚していた。肩を組み、腕を組み、服を掴む彼らの表情に、仲良しこ良しはなかった。生にしがみつき、利用できるものは何でも利用し、生き延びる覚悟を認識した顔だった。掴んだ人間を盾にするつもりも、自らが進んで盾になるつもりもなかった。眼前に闇が来るならば、群れを成して飲み込もうとする、それ以上の闇を用意していたようでもあった。その中でただ一人、闇に乗じないのが、保護者の彼だった。
 「キャストを見てごらん。8人いるだろう」
 舞台の最中、彼は台詞を翻訳しなかったが、シーンが移るごとに簡単な問いを投げかけた。それはまるで現代国語の問題集の中で使われるような、「彼が彼女がそう言ったのはなぜでしょう」という簡単で至極難題な問いだった。RENTのパンフレットは事前に渡され、バックグラウンドだけを勉強しろと言われたので頭に叩き込んであった。内容に一番戦慄が走ったのは私だったかもしれないが、同僚は互いにとりわけ他人行儀になるわけでもなく、雪がさんさんと降る当日を迎えた。朝から昼へ、昼から夜へと変わる世界を、少しずつ、役割を担ったさまざまな顔が街中に現れていくのを見守った。
 冬場のブロードウェイの寒さは熾烈で、温め合うように互いの肩を寄せ合い、手を握り合った。誰に言われたわけでもなく、一人一人が入れ替わって暖を取り合うその行為は、お互いの存在を確かめ合うためのもののようだった。立ち見席だったが見晴らしは良く、NY特有の粗雑さは館内中消え失せ、固唾を呑む音さえ聞こえた。堂々と泣き入る人がいれば、唇を噛み締める人が居、下を向いて嗚咽する人がいた。日本であれば決して出来ないであろうスキンシップで、私たちは温めあうことで出来る限りの感情表現を呈した。生きることが何なのか、死ぬことがなんなのか、これからくる生と死の狭間に取り残されることなく前へ進むには、何を犠牲にして何を掴まなくてはならないのか。恐らく一番初めに試練を迎えるのが誰なのかを知っていた彼らは、わだかまりという厚い膜を突き破り、その者を残して全員が泣いたのはそれが真実だからだった。薄暗い空間の中で鼻を垂らして泣いていた姿は、等身大の15歳でもあり、早熟してしまった15歳でもあり、これから一人でやっていくなんて無理だよと訴える不安の塊のようでもあり、それでもやはり別れは必然で新しい門出を迎えるしかないのだという諦念のようでもあり、膨らみ弾けそうな募るばかりの感謝そのもののようでもあり、祈るような謝罪そのもののようでもあった。館内に立ち込める拍手喝采の嵐は、自分たちを取り巻く世界の数のように感じた。
 「この作者はね、初公演の前日に亡くなったんだよ。医者の誤診でね。だけどロジャーが言ってただろ、死ぬ前にたった一つの名曲を作るって。居なくなってもこうやって愛されている。これから何年も続くよ。例え忘れなくてはいけない日がきても、人の胸の中で生きてるから。周りの人が一人も居なくなって、最後の一人があちら側に行くとき、そのときに皆でまた出会うんだ。だから、永遠のお別れなんてこの世には存在しないんだ。一緒にいることだけが、仲間であることではないんだよ。怖がることがあっても、捉われる必要はないからね」
 エンジェルの葬儀に友が弔いを述べるシーンに、”今”ではない未来を重ね合わせる。恋人のコリンズが歌う世界に、本当にエンジェルは存在しているのか、確かめる術はなかった。彼らは若く、未来も若いままなのだと知っていた。
 その場に居なかった、一足早く帰国し治療を始めていた人間に誰もが思いを馳せ、荒れ狂う情の波の中を、彼らは泳いでいた。永遠に続くような遠泳に疲れ、いっそこのまま終われたらそれも良い、と。
 長い時を経て、NYでの公演は今年の六月で終りを迎えるらしい。10年の間に治安は随分改善されたが、貧富の差はますます開くばかりのようだ。今でも昔のような景色は見られるだろうが、子供の視点はすでに天に還っているだろう。
 間断なく各国でヒットしていく様子は、彼の言っていた通りだった。日本でも新しいキャストを揃え、年末に新スタートが約束されている。未来や過去ばかりをたたえる映画や教えの数々の中、今この瞬間だけを謳うRENTが人の心を掴んで離さないのは、一体何なのか。私は思い出すように音楽を聴くが、その時に、あの場面で感じた、胸の痛みや安らぎを鮮明に思い出せないでいる。今が全てだと言う若者の言葉は、危惧するものもあるが、共感するものもある。軽はずみに発言する”今が楽しければいいじゃん”という言葉には頷けないが、噛み締めるように”今しかないんだ”と言う人の言葉に私は既視感を覚える。
 世界のどこかで”今”を生きている人がいて、その”今”を忘れないようにと確かめるように生きている人が、その次の瞬間に”今”という連続から解き放たれる様を、その人の大切な誰かに看取られている。
 世界のどこかで”今”に苦しみ、自我をどこかに置き忘れてしまった弱い心によって、薬と手を組んでしまった者が、一人で生きている。
 どちらにも”今”が存在しているが、今という時間は共通しているのに、そのものの存在としては異質になっている。時間の前後を信じられる”今”と、それを憎む”今”。no day but today.
 エスニックマイノリティーやセクシャルマイノリティーや病魔や孤独の昏迷に、”今”を走ることに意味が生まれ、それが一人立ちして人々に伝わるのは死後、と歴史の相場は決まっている。反省と謝罪から、人は新しい知識と情を手に入れる。それじゃいけないだろう、と反旗を翻す人もいれば、それでもいい、と全てをありのままに受け入れる人もいる。私は果たして、どちらの住民なのだろうかと膝を抱えるときがある。どこか、論争の繰り広げられる現場において、視点が天井にあってそこから地面の様子を傍観しているようにも思う。そして、それでもいいと納得する自分が存在しているのだ。私は私だけの世界を守ればいい、私は一人ではそんなに強くないのだと。そんな逃げ腰な私でも、もし私の世界に紛れ込んだ人間がいるならば、先に行ってしまった先人の知識を元に、彼を、彼女を、導いてあげたいと願う自分を、またしても天井から眺めている。そうすることで、私の中で生きている人間が証明できるのであればと思っているのだ。
 一緒に生きているのだから。
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