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充実

 携帯電話が鳴ったのは、アーケードを歩いているところだった。ナンバーは表示されない。歩きながら耳に当てる。相手が喋るのを待った。
 「おい」
 「あんたか。あんたのところの若い奴にはさっき会ったが。で、親分直々に何の用事だ」
 「さっき連絡があった。嘆いていたよ。つれないってな。まあ、俺だって期待してたわけじゃないが、やっぱり組む気はねえのか」
 「泥棒は個人プレーだ。試合に出るのはいつだって独りだろ」
 「今度はそこそこ大掛かりなんだ。いつもみてえに、酒屋強盗だとかコンビニ強盗じゃないんだ」
 どうせ銀行や公的機関だろう。見当がつく。
 「やめな」
 「忠告ありがとうよ。まあ、今日の今日で実行するんじゃない。近いうちだけどな。どうだ噛まねえか?」
 自分でも知らないうちに顔が歪んでいた。後先を考えず、ろくな調査や検討もせずに仕事を起こそうとする者に未来はない。「オリエンテーリングを知ってるか?」と思わず言っている。
 「地図とか見て、目標の目印を捜してくやつだろ。俺だってな、それくらい知ってる。年寄りだって馬鹿にしてるのか」
 「年は関係ない。『未来』はそういうもの。探し出すものなんだ。『未来』は闇雲に歩いていってもやってこない。頭を使って見つけ出さなくてはいけないんだ。あんたもよく考えたほうがいい」
 「俺が考えてないと思ってんのか」
 「その先を考えるんだ。あんただけじゃない。政治家だって、子供だって、みんな考えてはいないんだ。思いついて終りだ。激昂して終り、諦めて終り、叫んで終り、叱って終り、お茶を濁して終りだ。その次に考えなくてはいけないことを考えないんだ。テレビばっかり観ることに慣れて、思考停止だ。感じることはあっても考えない」
 「俺は考えている」
 「それなら何も言わない。あんたとは組まない。あんたは嫌いじゃないが、一緒に仕事はしない。どうしてか分かるか」
 「嫌いだからか?」男が苦笑しているのが分かる。
 「考えたからだ」そう答えた。しばらく間があってから、相手はまた声を出した。「俺はお前を買ってるんだ」十は年上の男は、同情すべき上司に近かった。「おまえは腕は立派だし、学もある。同業者の中ではお前がどうして空き巣なんてやってるのか不思議で、もっぱら話題の種だ」
 「あまり実りのない種だな」
 「俺はおまえと一緒に仕事がしたいだけなんだ」
 相手の声が急に上がった。携帯電話を耳から離し、目の前に向けてみる。「悪いがあくまでも独りでやる」もう一度受話器を耳に当ててからそう言った。「一緒には何もしない」
 「そうか」男は心底残念そうな声を出してから、「おまえは一般家庭の空き巣専門だよな。まったくそっちのほうが質が悪いだろうが。どうだ?」
 「あんたもまずは小さな仕事からやり直したほうがいい。基本とウォーミングアップはどんな仕事にも必要だ」
 「誰に向かって口を利いているんだ」
 「いいから。情報ならやる」そう言ってから、自分が狙っているマンションや一軒家の情報を数軒、口に出した。「狙っている場所だ。下調べも終わっている。良かったらあんたに譲ってもいい。大きな仕事をする前に考え直してみてくれ」
 「そんな情報をどうして寄越す」
 「あんたのところの若い男に危なっかしい仕事をさせたくなくてな。日本の損失だ」
 「俺はお前に仕事を譲ってもらうほど落ちてはいねえんだよ」
 「まあ、仕事の内容と日にちが決まったら念のため連絡してくれ。参加はしないが、忠告はできる」
 「俺に忠告がいると思うか?」泥棒グループの管理職は、根拠のない自身を急に漲らせると、しっかりとそう言った。
 「忠告に耳を貸せという忠告がまず必要だ」
 携帯電話を切ってポケットに戻した。
 思い立ち、駅前の銀行に足を向けた。手にいれたばかりの二十万は、内ポケットに入っていて、その時点ではすでに、「盗んだ金」ではなくて、「技術に伴う収入」だった。
 大学の敷地を通る。現役学生用の講義棟はなく、部外者でも自由に出入りが出来た。横切ってアーケード通りへ向かう。そこで声をかけられた。もしもし、と落ち着いてはいるが、か細い声がする。
 見ると、老夫婦が立っていた。真っ白い髪にめがねをかけた、細長い顔をした男性と、背が丸く丸顔の女性だ。「仙台駅へ行く近道はどう行けばいいですか?」老婦が言った。
 これが肩に刺青をした茶髪の青二才だったり、頬に傷を伴う男などであったら警戒をしていた。
 道順を説明していると、すっと男が建物の裏手に歩いていった。てっきり惚けているのだと勘違いした。老婦が、「おじいさん、どこに、おじいさん」と声をかけて後を追ったので、同じく追いかけた。どうやらこの辺りが落ち度だった。
 人通りのない裏庭まで追いかけていったところで、突然、男が回れ右をして振り向いた。しまった、と思った時には遅かった。老婦がそれに並んだ。老人の手には愛想もない拳銃が一丁あって、「金を出せ」ときた。
 老人の声は震えてもいなかった。平穏そのものだった。
 空を見上げた。笑い出しそうになるのを堪える。昼間に老夫婦が自分の前に立ち塞がり、「金を出せ」と拳銃を突き出している。これを滑稽と言わず、諧謔と言わず、何と言う。
 二人とも腰は曲がっていないが七十台半ばという様子で、拳銃を持つより、杖をつかんでいる方がよほど似合っていた。
 潔く両手をあげてみた。「金はやる。と言っても期待しないでくれ。むしろ、同情して逆に足してやりたくなるくらいの寂しい財布だ」
 老婦が口を開いた。「いいですから財布を出して」
 「言うことを聞いてください」とこれは老人が言った。台詞の分担でも決まっているのだろうか。
 尻ポケットに手を入れて、財布を取り出す。二人の様子を窺っていた。老人は痩せぎすだが、両手でしっかりと拳銃を持って構えていた。蟹股で腰を落としている。不恰好ではあったが重心は低く、安定している構え方だった。老婦はじっとこちらの手の動きを見ている。財布を地面に投げるとそれを拾い、中身を確認している。照れ隠しに頭を掻くと、「動かないでください」と老人に言われた。
 「参考までに聞きたいんだが、老後は金に困るものなのか? こんな強盗をせずにいられないほど、年金ってのは足しにならないのか」
 「お金にはさほど困っていないんですよ」銃口は、狙いを定めている。「余って困るほどじゃないですが、それでも、どうにか二人で食ってくくらいは何とかね、なるものです」
 「拳銃だって買えるようだしな」
 「あんた本当に何もないわね」老婦が財布を覗きおわって、そう言った。「千円札二枚、後はレシートが数枚入っているだけだよ」感心している風でもあった。
 「爽快なくらいだろう。で、手を降ろしていいかい?」
 「あんた、あまり拳銃を怖がらないねえ。言っておくが本物ですよ」老人が言う。
 「たぶん、そうだろうな。でも、撃つのは人間だ」
 「どういうことですか?」
 「じいさんは撃たないだろう? 拳銃は怖いが、それを持っているあんたは怖くない」
 「この人、こう見えても肝は据わっているんだよ」老婦は言いながらも可笑しそうに笑みを漏らした。
 「度胸だとかそういう問題でもなくてね。ようするにお人柄だよ」
 金に困っているのか、ともう一度訊ねると彼らはまた顔を見合った。今まで転機や困難にぶつかった時、二人で何百回もそうやって相談をしてきた、そういう慣れた仕草だった。
 「お金ではなくてね、人生の充実なわけですよ」
 「人生の充実ですか」トーンを合わせる。
 「気がつけばもうこの年ですよ。こいつと一緒に五十年以上暮らしてきて、あっという間のことでした」
 黙って先を促した。
 「つい先月です。ふと気付いたんですよ。遅かれ早かれ私らもお迎えがきてね、人生は終わってしまうんだから、最後に何か行事があってもいいんじゃないかって」
 「それで急性の強盗になってみたわけかい」
 「私らはね、我慢の人だったんですよ。何事にも遠慮して、苦情も言わず。割を食うことはあっても、得をすることはあまりない。そういう生活を送ってきたんです」
 めがねをかけた老人は優しい口調だった。皺が弱弱しく動く。「でもね、このまま私らがね、大人しく消えていっても誰も誉めちゃくれないんですよ。人生が延長されるわけでもない。褒美が出るわけでもない。それなら、むしろ今まで絶対に考えもしなかったことでもやらかしたほうが思い出になるんじゃないかって思ったわけですよ」
 「思い出」吹き出した。
 「こんなんじゃなくても良かったんだけれど」老婦が付け加える。「たまたまね、この鉄砲が手に入ったんで、強盗をはじめようかと、この人と相談して決めたのさ」
 「馬鹿馬鹿しいものでしてね、今まで私らは邪魔扱いされて、いてもいないのと同じようにあしらわれていたのが、こんな鉄砲一つあるだけで相手の対応が変わってくるんですよ。『ジジイどけよ』なんて足蹴にしていたのが、急にしゅんとなって縮こまってしまうんです」
 「それが愉快なのか」
 「痛快である時もあれば、寂しい時もありますよ」老人の溜息は演出ではなく本心のようだった。
 改めてその強盗を見る。二人の姿を交互に眺めた。静かに両手を下ろしたが、彼らは特に何も言ってこなかった。
 「でもね」と老人は苦い顔をする。「私らみたいな年寄りが、若い人たちと対等に話し合うのにはね、鉄砲があってようやく五分五分ってところなんですよ。変な話ですがね、そんなものなんです。年寄りが自己主張するのは難しいんですよ。今まで私らはね、我慢ばかりしてきたんですが、これはやっぱり異常です」
 「あんた、怖がらないね」老婦が歯を見せる。
 「感心してるんだ。老人が銃を持って街に出ていることに。強盗とはね」肩をすくめる。「ただ、本職の強盗もいる。無茶をすると危ないから気をつけたほうがいい」
 「アドバイスですか」
 「いや、老婆心さ」
 「大丈夫ですよ。私らの目的はあくまでも」そこで老人は言葉を切って、また相棒である妻の顔を見た。同時に、「人生の充実」と言って見せた。三人の声が重なったのはささやかながら快感だった。
 「どんなことになろうと、それはそれで人生の充実ですよ」
 ジャケットの内ポケットに手を入れると、素早く封筒を取り出して老婦に向かって差し出した。老夫婦の正面に投げる。
 こりゃ何だい? 老婦が足元の封筒を、どちらかと言えば軽蔑する目で見た。
 「金を出せと言っただろ。本当は隠しておくつもりだったが、気が変わった」
 老婦が封筒を拾う。皺の多い指で封筒口を開けた。「大金じゃないか」
 「たかだか二十万だ」
 「受け取れないねえ」と老婦が言う。
 「強盗のくせに」と笑ってやれば老人が「たしかに」と顔を崩す。「老人のくせに」とさらに冗談めかして言うと老人は、「いかにも」とまた笑った。
 そして、老夫婦を一瞥してから立ち去った。
 一度だけ、キャンパスを出るところで立ち止まり、振り返ってみた。老夫婦が反対方向へ歩いていくのが見えた。前かがみにゆっくりと歩きながら、頭を掻く。「あっちは強盗でこっちは空き巣じゃないか」呟く。空き巣と強盗、空き巣と強盗と十回も唱えてから、「向こうは年金でこっちは無収入」と言ってみた。「向こうは国民健康保険で、こっちは全額負担」と独りごちてから、「二十万もあげることはなかったか」と言った。少なくとも全部あげることはなかった。

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