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death

とりわけ、愛というものにこだわったわけじゃないけれど、愛にだけは躊躇わない―あるいは躊躇わなかった―者たちの物語になっていたかもしれない。
生きることは勿論歩くのにSAFEでもSUITABLEでもないけれど、彼らが蜜のような一瞬をたしかに生きたということを、それは他の誰の人生にも起こらなかったことだということを、そのことの強烈さと、それからも続いていく生活の果てしなさと共に、お話のうしろにひそませることができていたら。

瞬間の集積が時間であり、時間の集積が人生であるならば、私はやっぱり瞬間を信じたい。SAFEでもSUITABLEでもない人生で、長期展望にどんな意味があるのだろうか。
私もまた、考えるまでもなく、彼らの一人なのだ。

生きることに、適切でも安全でもない場所に、あえて飛び込んでしまったらどうなるか。そのことについて考えてみる。
水面に触れる寸前のとてつもないスリル。
水が皮膚を覆い始めた際の心地よさ。
けれども、それは、すぐさま意地悪な程の冷たさに変わる。泳げるだろうか、と不安になる。泳いでみるべきだろうか、と迷う。このまま行けそうかも、という期待。しかし、水は圧倒的な力を持って全身を包み、ままならない。そして、もがく。苦しむ。溺れる。やがて、死と一番近い場所に流れ着く。その瞬間に訪れるそこはかとない静けさに身をゆだねる頃には、もう自分が生きているのか死んでいるのか解らなくなる。
解っているのは、いずれにせよ、自分が、ようやく水を獲得したということだ。

そういう水を獲得した子たちの物語であればと。物語というと何やらドラマに満ちた長いお話のようだが、ここには、そんな冗漫さは欠片もない。

もう一度。生きることに、適切でも安全でもない場所に、あえて飛び込んでしまったらどうなるか。
たぶん、溺れて死んでしまうのだ。それは、不幸か。その寸前に、水の中から見た、自分のたてたスプラッシュが、あまりにも忘れがたい光を反射していたら? それを目にした本人だけが知ることだ。人の死だけではない、色々な死が点在している。適切でも安全でもない瞬間にだけ存在するかけがえのない死が。
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