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フロンティア

 デスクの前でバランスボールに乗って前後する男、お茶をすすりながら休憩時間に女性誌をめくる女、デパートの保険紹介もずいぶんフランクになったものである。どちらかというと旅行会社のノリではなかろうか。

 図書館に本をかえしにいく。普段は用のないエリアに足をはこぶと新鮮である。奥まったところにある本たち、というよりも辞書のような分厚い冊子がずらりとならんでいる。フランス史、オーストラリア史、日本古事記、朝日新聞の総記録が黒い表紙をまとって大正から去年まで、通路奥まで続いている。一年に一人ぐらいしか手に取らないだろうそれらは、今日もだれかを待たずにひっそりと沈黙している。私は用もないのにある年号の冊子を探していた。私が生まれた年の新聞である。手にとると予想以上に重く足元のバランスを崩しそうになる。本を開いた時のかび臭さを予想していたが思った以上の無臭で、肌触りのよいページが数千と並んでいる。ゆきずりのスーツが私の後ろを通り過ぎたかと思ったが、男はある年号の冊子を手に取り私のうしろで立ち読みしている。調べものだろうか、それとも私とおなじ気まぐれだろうか。
 私が生まれた月、日のページが開かれる。なんだか、禁断の魔法書をひらく瞬間のような錯覚をいだく。私は見てはいけないものを見ているような気さえしている。

 妙齢のスタッフと”若そうな”客がガラスケースの宝石を前にして交渉をしている。計算機、悩む唇、カード。カード払いに眉を動かさない妙齢スタッフ。そんなことにはいっさい気にもとめない”若そうな”客。
 団体行動かと思わせる制服に身を包んだ学生がエレベーターの前で待っている。

 湘南新宿ライン開通に向けて一足先に開拓をはじめた東口にくらべ、西口は以前の活気と比べ静かになると思われたが、西口には西口なりの人の足をあつめる不思議な魔力がある。
 10年前から存在していた伊勢丹、イトーヨーカドー、マクドナルド、薬局、楽器屋、焼き鳥屋などの活気は萎えるどころか歳をとることを知らない人たちが永遠に通い続けているのではないかというピーターパンシンドロームが混在している気がする。

 メイン通りを抜け、いくつか道路を渡っていくと神社や公園が見えてくる。昔はここには何もなく、さびれたスナックやアパートがあっただけなのに、いつのまにかクラブや飲み屋が点在していた。青紫色のLEDライトに優しいピンク色のかかったヘッドライトの入り口から洋楽が漏れている。店の前を通ると、どうぞ、とヘッドフォンを首にかけた若いDJ男とグラスを片手にもつデニム女が私を勧誘する。斜めに首を傾け見合わせ、違う店を見てみても、レトロな暖色系喫茶店や裸電球の下で揚げ物を売っている出店もある。こんな場所、この土地にあったか? そもそもこんな何もないところに店を構えて、集客することができるのか?

 ところが平日でも客は入っているようである。しかしあれは客なのだろうか? 店員なのか客なのかいまいちわからない者たちが親しげにグラスを突付きあったり、道端ではしゃいでいたりする。今日はサッカーで勝ったのか? と思ったがパルコを出るときライトは赤ではなく青だった、言葉どおり平日である。

 神社の柵沿いに歩くとさすがにこの闇に付き合う店は見られなくなった。来た道を振りかえると、ここが私の街なのだ、と再認識できるがもうすこし奥へすすんでみようとおもった。
 突き進んで歩くと横断歩道にあたり、歩行者用の信号が赤を示しているのをぼーっと眺めていると隣に落ち着きのない女が立ち止まった。あたりにだれもおらず、なにか捜し物でもしているかのような素振りだった。
 「すみません、駅はどちらですか?」
 声をかけられたのは私だったが、私が心のなかで思っていたことをこいつに読まれたのでは? とも思った。同時にこの女は、この土地が地元なのだろう、と勝手に解釈した。なぜそう自信を持ってこの女が地元の人間だと確信したのかは知らないが、「私もこの辺を散歩していたら迷子になってしまって」と私は口走っている。女は急に破顔し、私も私もと上気した表情で頷いている。すこしそこまで同行しようかとも思い連れ立ったが、すぐ見知った道にたどりつき、手を振ってさよならをした。

 土地勘のある見知った道にたどりついたときの、安心感と、退屈感の平行線はいったいなんなのだろう。しかし今日はどちらかというと緊張感のほうが強かった。私が今日みてきた、”あれら”は本当に存在していたのだろうか。しかし思い出そうとすると、すぐさまヘッドフォンもグラスも裸電球も揚げ物のにおいも暗闇も思い出せてしまう。いつ開店したのだろうか。昔、この土地に存在する店を全制覇してみようキャンペーンを執行したことがあったが、あの気力をふたたび掘り起こすのは難しいとはおもうが、あのクラブと裸電球と喫茶店はそそられる。
 変わってしまったものと、変わらないものが混在する町を私はいとしいとおもう。変わらないものとして私は神社やその神社にそびえる大木や注連縄を連想するが、それ以外にもきっとあるはずなのだ。かれらが決してピーターパンであることでもなく、この土地に住みつづける信念でもなく、ありのままを引き受けるなにごとかが。いつだって抜け出せるこの町、いつでも大人になれる足元、その中を泳ぐように彼らは佇んでいるのだろう。
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