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ラピュタとトトロ

 「右肩に綴じるって、どうやるんですか? ダブルクリップで挟むだけではだめなんですか」
 今年、文藝春秋系の文学賞に初挑戦してみたいと、元職場の後輩が質問してきた。
 文壇の登竜門として挑戦するには一番難しい場所ではあるものの、枚数も初心者向きであるので、感覚をつかみたいという人にもうってつけだと、以前私が彼に提案した文学賞だった。


 「ぼくの作品て、どこの新人賞向けなんですかねえ」と訊かれ、数年前、群像新人で最終選考に残った際に、編集長から電話がかかってきたときのことを思い出した。うちじゃなかったら良かったかもしれませんね、という言葉は、とくに落胆していなかった無感情から翻って、いまも私の心の支えになっている。

 芥川龍之介、森鷗外、谷崎潤一郎をはじめ、歴史や国語の教科書にも名を馳せる、武者小路実篤、島崎藤村、正岡子規などは、いまでいうところの純文学のルーツを作ってきた人たちだった。昨今の文学界におけるジャンルわけは、ひどくあいまいで、それは時代の移り変わりによって、良し悪し関係なく中和している。


 長い活字があまり得意ではない人にとっては、「純文学」と言われると拒絶反応を起こされかねないが、本来の意味でいう「純文学」とは、学校で習う勉強とは違って、娯楽的な文章を追求したもの、という意味で使われていた。

 純文学と大衆小説(エンタメ)の違いで混乱する問題については、両者が共通してもつ「なにか」が存在しているのだと言われており、その「なにか」を知ることができれば、自分の応募先が自然とわかってくるのだとも言われている。
 「『すばる文学賞』と『小説すばる新人賞』の違いって何ですか?」とよく訊かれたりするが、あまり個人的な見解は述べないように留意しながら、「ああ、純文かエンタメかの違いだけっすよ」と答えるようにしている。

 閑話休題だが、原稿の綴じ方を彼のゲラ刷りで実践してみせながら、この子の書いた作文を思い出した。文壇だけではなく、映画でも漫画でもアニメでもゲームでも見受けられるものだが、昨今の需要をよく理解した意外性を踏襲しながら、なおかつ上滑りの「上手な」物語を、彼は決して書かなかった。ありふれた日常のなかで、ほとんどの人が「そんなことはどうでもいい」と処理してしまうようなことのなかで、つねに戸惑いや感動を発見してしまう彼の焦点で描かれる世界に、私はまるで一目ぼれした相手の横顔を眺めているような錯覚を覚えるのである。
 たとえばそれは、交差点の青信号に変わる瞬間の、そのときまで一緒に待っていた通行人との妙な連帯感だとか。たとえばそれは、青に切り替わって交差点を先に行く彼らの後ろを歩きながら、まるで長いこと同じ問題に向き合ってきた仲間の背中に見えるような妙なデジャヴだとか。

 老舗の文学賞を基準に考えれば、だいたい毎年二千人から二千五百人の応募者がいるわけだが、下読みの一次審査でその九割五分が落とされ、二次審査に進むのはだいたい四十から六十人である。二次審査では下読みや編集局上層部の人間らによってさらに絞り込まれ、三次審査に持ち込まれる。それをさらに通過すれば最終選考に残り、有名作家の審査員によって受賞作、佳作が決められる。

 一次審査ですでに二千人以上の人間がかるくあしらわれると聞いて、ほとんどの人が絶望にうちひがれるわけなのだが、実は一次審査というのは、それなりに丁寧な日本語が書けていて、体裁が整っていて、内容が一応通っていれば、たいてい通過してしまうものなのだ。こなれてしまえば、一次審査など書類面接程度の感覚で通過してしまう人たちもいる。彼らの見据える先は、最終選考なのである。

 もちろん「それなりに」というのも、それなりのレベルというものはやはり存在する。そのレベルに達するまでには、本をたくさん読むだの、ブログなり何なり文章を書き続けるだの、つねにメモ帳を持ち歩くだの、すすれたビジネス啓蒙書のような指南が巷で囁かれ続けているが、たいていの場合、そればかりに気をとられているうちは、一次審査で蹴られてしまうという法則がある。そこから抜け出すことができれば、あとは数十人とのガチバトルに臨むだけなのだ。まずはその迷宮からいち早く飛び出すことができるかどうかにかかっている。


 私信 「なんでホチキスとかクリップじゃダメなんすか」の返答

 一次審査はともかく、最終までもっていかせるつもりであるなら、私は断然、綴じ紐で原稿をまとめることをおすすめします。ホチキスやクリップでももちろんOKなんですよ、会社に普段着で面接に行くような不用意さとは違いますし、個人の裁量に任せられています。 ローカルな文学賞や商用に募集されたものであるなら大丈夫だとおもいます。

 ただ、枚数が少なめである文藝界でも400字詰め原稿100枚弱なので、刷ると30~40枚になります。ホチキスでとめるとなると業務用のものが必要になりますね。400字詰め原稿が200~300枚、刷って50枚~80枚の長編になってくると、いよいよホチキスは難しくなってくるし、ダブルクリップでとめられた原稿も、審査の途中で少しずつばらけてきてしまいます。

 意外と知られていませんが、原稿でいちばん重要視されるのは、「ほどきやすさ」です。最終付近まで審査が通ると、何人もの人間が原稿に目を通します。そのときのために、原稿をほどいて、コピーを取ります。そのときにホチキスの芯をわざわざ引っこ抜かなくてはなりません。
 ダブルクリップなら取り外しは簡単ですが、審査中に原稿がばらけてしまう恐れがあります。編集局は何千もの原稿が山積みになっていますので、クリップを気にしながら原稿を読むというのは、ストレスがあるのです。

 紐綴じであれば全ての問題が解消されますので、郵送した側も精神的に余裕が生まれると思います。それに蝶結びで綴じられた原稿は、まるで人様へのプレゼントみたいでしょう。そういったささやかな気遣いのできる書き手に、私も憧れています。
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