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人間

 ショッピングモールの駐車場に車を停めて、エスカレーターで入り口まで行くと、シンジが立っていた。中学生のシンジは自分の抱えている深刻さや切迫した状況を、丸裸の状態で、表に出していた。
 「ヒューマニズムって何なの!」尾瀬と不破は気おされていた。それは若者の間で流行っているらしい新しい挨拶か何かかもしれない、と勘違いをした。
 近くにあるベンチにシンジを座らせる。「どうした。いじめか」
 「カオルくんがさ、呼び出された」
 「カオルくん?」不破が聞き返す。
 「僕のクラスの同級生。背は高いんだけど、痩せてて。足がね生まれつき、悪いんだ。股関節がおかしいんだって。松葉杖を突いてる」
 「で、そのカオルくんとやらがどうして呼び出されるんだ?」尾瀬は質問を続ける。
 「生意気だから」
 「杖を突いているのが?」
 「カオルくん、頭がいいし、で、ちょっと口が悪いんだ。悪気はないんだけど。皆も分かってるくせに」
 「呼び出し注意か」
 「国道にある潰れたパチンコ屋に連れて行くんだって」
 シンジが下を向いた。悔しさと屈辱と、ふがいなさに憤っているのか、泣き出しそうな顔になった。
 尾瀬は、シンジの置かれている立場について了解する。
 おそらくシンジは以前からいじめを止めたかったのだろう。そのカオルという同級生に対する集団攻撃をどうにかやめさせたかった。けれど、反対を表明すれば、自分自身が攻撃の標的にされるのは分かっていた。「敵をかばう者も敵だ」という理屈は大国の大統領が堂々と口にするくらいなのだから、中学生が同じことを考えるのはおかしくはないだろう。
 シンジは立ち向かうことができず、かといって逃げ出すこともできずに途方に暮れていたに違いない。
 「いじめられるかも」と予言するように言っていたのは、自分が反旗を翻したらどうなるか想像したからだ。「いじめられなければいけない」という言い方もしれいた。あれは、自分がいじめられるのを覚悟で、友人を庇わなければいけない、という葛藤だったのかもしれない。
 「僕はカオルくんをいじめたってしょうがないって言ったんだ。そうしたら『ヒューマニズムなんて馬鹿じゃねえの』って言われた」
 「そのヒューマニズムは使い方が違うんじゃないか?」尾瀬は顔をしかめる。
 「人間らしさって言うのかな。ヒューマニズムの意味って」と不破が耳元のピアスをいじる。
 「みんなが言うには動物は弱肉強食なんだって。足が不自由な動物なんかすぐに死ぬから、だから弱い奴がいじめられるのは当然だって言うんだ」
 尾瀬は噴出しそうになるが、それでは深刻な顔をしたシンジに失礼だと我慢する。「そいつらは間違っている」と言った。「勘違いをしているんだ。トラが弱いトラをいじめ殺すか? そんなことはない。弱いトラはたしかに死んでしまうかもしれないが、それは自然にそうなるだけだ。仲間うちで食い合ったりしない」
 「話、長くなる?」不破がからかうように腰に手をついた。
 「俺の話が長くなったことがあるか?」
 「話が長くないっていう説明がまた長いのよ、尾瀬さんは」
 「ふん」と鼻を鳴らし、かまわず続けた。「強いだとか、弱いだとかは、何によって決まるんだ? 草原での噛みつきあい、空中戦、それとも学歴、遺伝子の配列か? 弱肉強食とほざいているおまえの友達は自分より強い奴に殺されることを良しとしているのか? 身体の頑丈さで足の丈夫さで決まるって言うんだったら、シンジ、おまえは今から四輪駆動の車に乗って、そいつらをはねてくればいい。『パジェロに潰される弱い奴らは死んで当然だ』と教えてやれ」
 「学校じゃ教えられないね。中学生になんてこと吹き込んでんの……」不破が呆れる。
 「どうしてライオンがガゼルを食うかと言えば、食わないと死ぬからだ。弱肉強食ってのは食物連鎖に参加している者たちが口にする台詞だよ。自分が死んでも、誰の餌にもならないような中学生が、食っても美味くもないような中学生が、『弱肉強食』なんて言う道理はないんだよ」
 「美味い中学生を食ったことがあるような言い方だ」と不破。
 「かわいい羊を食べるほうが残酷だろうが」
 「たしかに」動物愛護協会の不破が同意する。
 「い、一緒に来てくれないかな」シンジは思い悩んでいるようだったが、最後にはそういった。たどたどしい頼み方はとても好ましかった。
 しかし、正直なところ気乗りはしなかった。泥棒であるところの自分たちが、子どもの問題に関わるのは、出来の悪いコメディ映画にしか思えない。どんなにくだらない映画であっても、出演した強盗役には報酬が出るが、現実ではそれもない。
 尾瀬が尻込みしているのを見透かしたのか、不破が力強く言った。「尾瀬さん、僕たちがシンジくんを助けなければ、誰が助けるの!」
 「助けるも何も、別にシンジは無事じゃないか」尾瀬は顔をしかめた。「俺たちみたいなオヤジは余計なことをするべきじゃないだろ。若者の文化にオヤジの用はない」
 一緒にするなと不破が尾瀬を睨みつける。「放っておいたらシンジくんはこのまま一人で抵抗しに行く。行かざるをえないよ。そうだよね?」
 「う、うん」シンジは頷いた。
 「パチンコ屋か」尾瀬は低い声で唸る。「ちょっと待てよ、そこはけっこう離れてるじゃないか。おまえの同級生たちはどうやって行くんだ」
 「センパイがいるんだ、高校生の。その人は車を持ってるから、みんなを連れて行くみたい」
 「卒業した奴が何の関連があるわけ?」不破がたずねる。
 シンジはそこで唇を尖らせた。もごもごと口を動かす。「その人、中学生のころから有名な人で、卒業しても時々僕たちを集めるんだ」
 「センパイ面した不良のこと!」不破が愉快そうに言った。「不良というのは本来さ、秩序から外れたくて、なるものなのに、結局別の秩序に組み込まれるのね。妙だなあ。行列をつくるパンクロックと一緒でさ、矛盾だね。列を作るパンク! 上下関係を気にする不良!」
 「何をぶつぶつ言ってんだ」尾瀬が笑う。
 そこでシンジがぽつりと、「で、そのセンパイが、前から、その、人を殺してみたい、って言うから」と眉をひそめた。
 「はあ?」不破が眉をひそめる。尾瀬も唐突な台詞に呆気に取られた。
 しばらくすると不破が露骨に顔を歪め、嘔吐の真似をした。「最低だね」
 「まあ、子どもの、『ぶっ殺してやる』という台詞は常套句だよ」尾瀬は無理やり笑う。
 「本当に殺すんだよ、きっと」シンジは、ふだんには見せない幼稚といえるほどの不安を浮かべていた。「そう言ってたんだ。十代のうちは、一人くらい大したことはないって」
 「ふうん」不破が素っ気なく言う。「柵事情も知らないガキが粋がって」
 「いじめか事故かなんて、分かりっこないって言ってた。人を殺したら、かなり自慢できるぜって」
 「素晴らしい」不破がにやける。「まったくさ、人を殺したいなら、志願して戦場に行けばいいね。僕にはね、許せないものが三つあってね、ワーストスリーだな」
 「ほお」尾瀬が目を向けてきた。「興味があるな」
 「料理に入ったパイナップル、リスクのない暴力、それから、シンジくん、君をいじめるやつらだよ」
 「それはそれは」尾瀬が顔を傾けた。
 「十人くらいでカオルくんを襲うんだって」
 「よーし」不破が当然のように言った。「尾瀬さん、そろそろ、ね」
 「ちょ、ちょっと待て」尾瀬は慌てて止める。「さっきも言ったが、中学生の喧嘩に俺たちのようなオヤジが首を突っ込むのはみっともなくないか?」
 「んなことを言ってるから若い子がいい気になるんじゃないの」
 「仕事があるだろう、あいつらから電話が来たらどうすんだ」
 「シンジくん、行こう。つべこべ言っている尾瀬さんなんて放っておいて、僕たちだけで行っちゃおう」不破が出口に足を踏み出す。「まったく非協力的なんだから。僕が世の中で許せないものはね、料理に入ったパイナップルと、非協力的な大人と、それから、『さっきのワーストスリーと違うじゃねえか』って指摘してくる人だよ」
 「分かった、分かった」尾瀬は諦めて肩の力を抜く。「行くよ。行こうじゃないか」
 「みっともないけどいいわけ?」不破が笑いながら言ってくる。
 「俺のポリシーは、『おとなげなく生きる』だからな。中学生だろうが誰だろうが、偉そうな奴らはガツンと一発食らわせなければだめなんだよ」
 「リーダーから電話が来ても知らないよ」不破がさらにからかうように言った。
 「リーダー? 誰だ、それは」尾瀬はとぼけた。
 「はい、決まり。行こう」
 「ヒューマニズムって悪いことなの?」シンジがふと訊ねてきた。
 「もちろん」と尾瀬は不破のかわりに即答する。不破は尾瀬の横顔を盗み見た。「人間らしいというのは何のことを指しているのかさっぱり分からないな。人間を何かの上位に置いた言い方だ」
 「人間なんて偉くないのにね」不破がつぶやいた。「理由もなく敵地に侵入襲撃するのはチンパンジーと人間だけって聞いたことがある。たいていの類人猿は、敵が退散すれば満足なのに、あくまでも殺害を目的とするのもチンパンジーと人間だけ。ヒューマニズムというのはそれを指すかもね」
 「おまえは厳しい」尾瀬はからかう。
 「僕はね、いつか動物たちが結託してさ、人間に対して、『何様のつもりだ』と襲い掛かってくるのを楽しみにしてるんだよ」
 「そうしたら俺はまっさきに羊に食われるかもしれないな」
 「尾瀬さん、羊は草食だよ」不破が笑う。
 「ふたりとも、大変だよ」シンジがぎこちなく言った。
 「行くとするか」尾瀬が立ち上がる。「こう見えても俺はボクシングのインターハイ選手だぞ」尾瀬は自分の左腕でこぶを作ってみせ、右手でぱちぱちと叩いた。
 シンジが、「嘘ばっかり」と息を吐いた。
 「最近の子どもたちは刃物とか持ってるから気をつけたほうがいいよ、尾瀬さんも。暴力団と繋がっている子どもも多いって話だからね」
 不破の言葉に尾瀬は目を丸くする。「それはちょっと、まずくないか」
 「もしそうだったら、すぐに逃げてくればいい」不破がなんともなしに言う。
 「それって何か意味があるのか?」
 「いいよ、どうせ暇つぶしなんだから」
 シンジが嬉しそうに、「そうだよね、暇つぶしなんだ。ヒューマニズムじゃないんだ!」と声を上げた。
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