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玉響

 「お客様の救出作業が終了しましたので、間もなく運転再開いたします」
 作業、終了。死体処理が済んだことをヴェールに包んで放送するのは、被害が広まらないようにするという意味も含まれる。(精神的に参って嘔吐されたり、貧血で倒れられたりしたら緊急ボタンが押されるため)。警察が乗客を誘導するような形で通路を確保しているところをみると、あれがいわゆるダミーというやつで、目立たない場所で遺体は担架で運ばれている。一瞬見えたはずの救急隊員の姿は、すでに乗客の目からは捉えられない。正気なのか酔っ払いなのか基地外なのか判断のつかない男が、JRスタッフに詰りつけている。デジカメは野次馬か、一眼レフはマスコミか、警備員が倫理の渇をとばす。

 人身事故が起きた場合のことについて調べてみると、遺族に巨額の罰金を請求するというのは、ガセとは言わないが、噂は大げさだったということが分かった。JR社員の心情からしてみれば、遺族に金を求めるのは心が引けるので、示談で済ませることも多い。JRが負担するのは乗客の反感と(利用者は不満があっても利用せざるを得ないので客は離れない)、一番のネックである電気代。毎月、一定量の消費電力をもとに契約をしているので、それを大きくオーバーしてしまうと数千万円という負担を浴びることになる。電車を停め、稼動時間を延ばし、代わりの電車を走らせることにもなれば厄災豪雨である。遺族が「知るかそんなの」という態度をとればJRも人間なので「いい加減にしろ」ということで裁判に、という事例もあるが、大抵の場合、遺族は「大変申し訳ありませんでした」と真摯な態度で謝罪を取るのが大半であり、JRは「○○さんのご冥福をお祈りします」という穏便な形で頭を下げる。現場の清浄やスタッフの残業の手当てだけご負担いただけますかという程度の額で(1000円~2000円)示談し、線香をあげ、お暇し、弔問はすぐに幕を閉じる。

 「お客様の救出作業が終了しましたので……」
 人身事故に関して日本社会がこうあるべきだと示唆しているのかわからないが、死者が出る現場からは離れておくべきだ、離れてしかるべきだという認識が、あるいは潜在意識が、この島国にはあると思う。(野次馬とは違って、死人が出る現場が目の前にあるのに、自分たちとは全く無関係のテレビの先にあるような別世界という認識)
 たばこが未成年はダメとしているのは、健康上よろしくないからというのは詭弁で、そんなの端から誰も心配していない。ただ単に法律が定められていてそれに従うべきとしているからだ。健康を守るためではなく、法律を守るためであって本末転倒なわけだが、それが事実であり現状。未成年がたばこを吸うのは良しとしない素晴らしい国であるということを親から子へ、国から国民へ、国家から他国へと伝えるために。素晴らしい精神を訴えている国であるんだぞという、依存しても何ら問題ない、寄りかかれる帰属意識が強いためだ。自我はない。
 だったらたばこを吸わなきゃ誰も文句は言わないだろう(見つからなきゃ問題ないだろう)、死体を見なけりゃ人身事故の車内放送を聞いたときに舌打ちの一つもらしても問題ないだろう。
 たばこを隠れて吸って健康を損なっても自分で責任がとれるだろう、電車が遅れて会社や学校に遅れても責任はJRと自殺者だろう。
 たばこを売ってる奴が悪いんだから手の届く場所に置いておくこの国が悪いんだろう、死体さえ見なければ飛び込む人間をうざがっても良心の呵責に苛む必要はないだろう。
 事故が起きるたびに死者を思う気持ちの有無を議論する前に、自己の精神思想に難ありとは誰もが本当は気付いている。「あー可哀想とはおもうけど仕事で疲れてるから早く帰りたいのにさあ」「まじうぜえ」口にはせずとも心で思う。そして、そう思ってしまう自分を疎み、自分を疎ませる自殺者を疎み、自殺者を生んだ社会をさらに疎む。やり場のない怒りの矛先は煮え切らないまま飲み込むか、JRスタッフへの冷たい視線を送るか、深く考えたくないので携帯に意識を飛ばすか、寝るかのせいぜい四択。

 緊急停止ボタンが押され、けたたましいサイレンがなるホーム、電車が駅で停まったまま数人の警備員とJRスタッフがあわただしく走り回るなか、乗客がこれ何事かと一様に同じ顔をして事態を見守っているが、もしその視線の先に、赤と白の、生そのままの形を目の当たりにしたとき、その好奇心のやり場がどこに向かい、次に何を失い、何を生むのかを想像する。憎悪か、倦怠か、憐憫か、寂寞か、歓喜か、恐怖か、愛情か、喪失か、達成か、無心か。
 広島原爆被害者の「昼が夜になって、人間がお化けになった」という言葉がある。
 鉛筆立てにささった鉛筆たちのように、ぽつぽつと並んで立ったまま死んでいる人間らを見て、初日に憐憫、翌日に無心と変化していくのだと。
 駅ホームでバケツを両手に提げて歩く人を知っている。彼の表情を見て思う。彼は何を考えていただろうか。

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