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小さな発見

 向田邦子は、「神は細部に宿りたもう」という言葉を自分でもエッセイに引用しているが、細密なことに目を止め、それを描くことで、人生そのもの、世間そのものを描いてしまうという手法にすぐれた人だった。
 日々の暮らしのなかからなにか小さなことを発見し、「へえ、なるほどなあ」と感心し、おもしろがり、そのことを文章にする。そんな習性が体にしみこんでいた人のようだ。たとえば、スキー場の山小屋で会った犬の目のことを書いている。
 劇的なことはない。ただ、その犬が食事中の泊まり客のそばで、真剣な目で肉の切れ端をせがむというだけの話だが、氏の筆にかかると、このできごとが、みごとな情景描写をともなって、心に残る話になる。
 その雑種犬は、ブタ汁の碗を手にした氏のそばに来て、のどをごくりと言わせながらすり寄ってくる。
 「もうやろうかな、と思いました。でも私は、我慢してもう少し噛んでみました。彼は体のやわらかく私のひざにもたせかけるようにして、もう一度クウとのどをならしました。その真っ黒い目は、必死に訴えていました。私は遂に負けて、肉を吐き出しました。こうして、私は三個ばかりの肉をみんな、彼にとられてしまいました」
 結びはこうなる。
 「生きるために全身全霊をこめて一片の肉をねらい、誰に習ったわけでもないのに全身で名演技をみせたあの犬の目を、私はときどき思い出して、いま私は、あれほど真剣に生きているかな、と反省したりしているのです」
 山小屋で、犬の目を見たとき「これは書ける」と思ったかどうかは知らない。しかし少なくとも、その犬の、必死に訴える黒い目を見ているうちに、ひらめくものがあったのだろう。「小さな発見」だ。その目が語りかけるものを、しさいに観察し、その様子を胸のポケットにきちんとしまいこんだことは確かだ。
 「ゆでたまご」という作品がある。四百字の原稿で三枚ほどの短いものだが、氏は「愛のかたち」をみごとにとらえている。
 小学校の同級生に片足の悪い女の子がいた。その子は片目も不自由だった。遠足のとき、級長だった少女・邦子のもとに、その子のお母さんが風呂敷包みをさしだすのだ。「これみんなで」と小声で繰り返しながら押し付けていった。ねずみ色の汚れた風呂敷だった。なかに、古新聞に包まれた大量のゆでたまごがあった。足の悪い自分の子は、遠足の道すがら、さぞみんなに迷惑をかけることだろう。「お世話になります」という気持ちのこもったゆでたまごだったのだ。そういう母親の姿を、小学生の邦子はしかと見つめている。
 同じ子が運動会で走る。残念ながら一人だけ取り残される。その子が走るのをやめようとしたとき、女の先生が飛び出し、一緒に走り出したのだ。やっとゴールインした子を抱きかかえるようにして校長のいる天幕のところに連れていってやる。ほうびの鉛筆が手渡される。その光景を、少女・邦子はやはりしかと見守っていた。
 才能にあふれたシナリオライターは、日々、心のポケットに、その日の「小さな発見」をしまいこみ、それらを大切に貯めていたのだろう。生活の瑣事に強い好奇心をもち、瑣事のなかに人生の宝物をみつけることの天才だった。
 その底にあるのは、本質を見る目の深さだ。遠くを見る力を持った人がいる。野球選手のイチローのように、動体視力に秀でた人もいる。向田邦子のように、ものごとの本質を深いところでとらえる視力のことをなんといったらいいのか、作家や詩人には、そういう深い洞察視力をもった人が多いようだ。
 文章を書くうえで、この洞察視力は大事だと思うし、この視力は、きたえればきたえるほど強まってゆくものだと思うが。
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