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想起

 目覚ましが鳴る前に目を覚まし、スタートダッシュよろしくベッドから降り顔を洗う。1200Wのトースターでパンを2分強セットしお湯を沸かす。ブライトが切れた苦いコーヒーで雑にぬり伸ばしたジャムパンを腹に流し込み、椅子にかけていたブルゾンをつかみ、ガムを噛んで部屋を出る。忘れ物に気づき土足で部屋にUターンし、机に投げ出された鍵をひっこぬきもう一度部屋を出る。べつに待たせても構わないし、恋している相手でもないので急ぐ必要はない。必要はないが、時間にルーズであるはずの私たちが落ち合うときはなぜか二人ともちゃんとそこにいる。どちらが先にダウンするかを競っているわけでもないのだが。


 おあつらえ向きの雨に傘も持たず、タクシーを拾う前にバスが来たので乗り込んだ。乗客がひとりもおらず、最前席に腰をおろし濡れた髪を整える。
 待ち合わせの東口に降り立ち、懐かしい背中を人垣のなかから見つけると膝裏を蹴り飛ばした。嘔吐するような悲鳴を聞きとどけ、どうやら人違いではないことに安心しそのままビルに入った。
 久しぶりに会っておきながら行きたい場所が特にないのが、この距離感の確かさだとおもう。映画でも観るかとおもいロビーまでのぼってきたが、観たいラインナップがないのでそのまま同じ階にあるスポーツジムを見学した。カラダつきでなにを目的に身体を動かしているのかわかるという彼は、いろんな機材に向かって励んでいる会員たちを無遠慮に眺めまわし、一年目二年目だの、下半身上腕筋だのとぬかし、しまいには老若男女かまわずABCとランクづけをし始めたので引っ叩いた。勧誘のスタッフが近づき、彼がうまい具合に話をかわしてくれている。うまがあうのか話ははずみ、共通する互いの仕事内容のよしあしに笑いあっている。私はスタッフのマークがバカに移るのを尻目に、白いのがまじった髪のおばあさんがエアロビクスで汗を流しているのを見学した。遠目に光るあの汗と一緒に、人にはいえない日ごろのストレスも流れているのだろうかと勝手に想像し、室内の機材を眺めているうちに運動するのも悪くはないような気がした。出口に向かう私に気づき、彼はスタッフに愛嬌よく頭を下げあとについてきた。

 階をひとつ降り、インドネシア料理店に入る。私がトイレに行っている間に注文を済ませたのか、泡の吹いたアルコールがすでに席に用意されている。あいかわらず食が太いのか神経が太いのか判然としないが、ソトアヤムのスープからはじまり、見慣れない肉料理やガトガトサラダがばんばん運ばれ、落ち着いたかと思ったころにチャンプルがやってきた。南国衣装をかっこよくきめている美しい女性スタッフが私たちのテーブルの空いた隙間を捜しているのか、注文した品を両手に立ち往生している。向かい席に坐っているバカは空きそうな料理皿を自分の取り分け皿にぶちこみ、罰ゲームでもやらされているのかと思えるほどの無邪気さで飯を口にかきこみ、美しい女性スタッフに笑われながら料理を追加していく。フードバトル系の人と思われているのではないか、とこめかみをおさえながら辟易し、しかしなぜかバカは昔から女性受けが良かったのを思い出し屈託のない笑顔を盗み見る。
 ココナッツソースやナンに囲まれながら、陽気な民族音楽の流れる開放的な空気のなかで飲み食いしている対面席の男を眺めていると、やはり窮屈な都会を出てよかったのだろうと思った。
 いまだにめぼしい色の話が出てこないのであいかわらずフラフラしてるのかと訊いてみると、どうやら今年に入って三度も告白されたそうだ。そのうちの一回は結婚を視野に入れた話だったらしく、なんとも根気強いお嬢様で断り続けること半年だったとのこと。私が笑いをかみ殺していると笑い事ではないと両手を振り回し、「結婚してくれるまで私毎日お弁当つくってくるとまで言い寄られたんだぞ」と顔を青くした。その様子を頭に描いてみたがどうにもコントのようにしか受け止められず、しかし血相をかえて訴える相手の必死さを冷静に酌んでみると些かひんやりした。それは女が怖いという話ではなく、女運の悪さを悲観してのことである。

 店を出、映画館や喫茶店への学生の出入りの多さに感嘆した彼は「時代かな」とぼやいた。階上の図書館を見てまわり、さらに複合コミュニケーションセンターがある階上へ非常階段でのぼる。国際交流、市民活動サポートセンター、消費生活センターと続き、車椅子で移動している人や学ラン姿の生徒や外国人がまばらに歩いている。ことばかず少なげにフロアを見てまわり、コーナーごとに置かれているパンフレットを手に眺めてみる。簡易的に仕切られた相談コーナーらしきスペースが垣間見え、ボランティアのネイティブスタッフらしき人が英語やドイツ語でなにごとかを相談者と話している。相談者の丸まった背中が静かに上下しているのを二人で見届け、ガラス張りから町をひと通り見渡し、頃合を見てセンターを出た。非常階段を使って降りていく。あまりだれも使わないのか階下のほうまで人の気配はなく、靴音が無機質に響く。考えていることは同じだったが、センターに関することを口にすることもなく1Fまで降りビルを出た。

 最近みつけた裏通りや新しい店が立ち並ぶ西口を連れ立って歩き、新しい書店で本を立ち読みし、古着屋で服を見、なつかしい焼き鳥屋で串をかじり、変わらないウェディングホテルを見、古いゲームセンターで人形を釣り、ひとけのない寺で両手を合わせ、駅へと向かい上背のある後姿を見送る。
 こうやって自分ひとり以外で、だれかと確かめるように町を歩いたことが、過去に一度だけあった。彼とその兄と三人で町を歩いたとき、そのとき、いつでも思い立てば同じ道路を歩けると考えていたし、人間としてすれ違っても遠くに住むことがあっても忘れてしまいそうになっても町に感慨を覚えなくなっても、いつかまたどうせ鉢合わせするだろうといった言いようのない若いかたくなさがあった。しかし私は年をとるにつれ、それは絵のなかのパンは食えないという発見でもなく、チャージの切れたSUICAが改札に通らないという現実でもなく、ただあのときの一瞬が私にとって忘れられない永遠だったにすぎないということに気づくのだった。
 あのとき、私は心のどこかで、その日常的で且つ非日常的な時間そのものを二度と訪れないなにごとかのように捉え、泣きそうになるのを必死にこらえてはいなかったか。再び”初めて”訪れるこの町に足を踏み入れたとき、私はあのときに見た町の将来像をおもいだそうとするが、いま目の当たりにしているそれらが一致しているのかしていないのかがわからない。つまり、そういうことなのだろう。ただ変わらないものとして存在しているのは、帰り道によく聴いた、私があの頃聴いていたダイアナ・ロスの曲だけだろう。
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