直喩。比喩の一つ。あるものを他のものに直接たとえる表現法。「雪のようなはだ」「動かざること山のごとし」など。
隠喩。比喩の一つ。「……のようだ」「……のごとし」などの形を用いず、そのものの特徴を直接他のもので表現する方法。「花のかんばせ」「金は力なり」の類。
活喩(擬人法)。修辞法の一つ。人でないものを人に見立てて表現する技法。「海は招く」の類。
西加奈子氏『さくら』は、二〇〇五年に出版。
すばらしい人だった「兄ちゃん」のことなどを書いた本だ。兄ちゃんは交通事故のため「下半身の筋肉と顔の右半分の表情」を奪われてしまう。
「この体で、また年を越すのがつらいです。 ギブアップ」という紙切れを残して、兄ちゃんは自殺する。
その兄ちゃんのことを、弟の目でつづった文章だ。遺書を見た弟はいう。それは「男らしい兄ちゃんの字じゃなかった。『好きだ』と書くときに、少し力が入りすぎる、右肩あがりのあの字じゃなかった。それはふにゃふにゃと頼りなく、間違って水で洗ってしまったレシートのように、触れるとぼろぼろと崩れてしまいそうだった」
兄ちゃんの姿はまさに「ぼろぼろに崩れてしまいそうなレシート」だと弟の目に映ったのだろう。
兄ちゃんの葬式のとき、母さんは、語り手である「僕」の右手を強く握る。
「僕の右手は母さんのせいで、まるで大量の蚊に刺されたみたいに、爪あとがたくさんついている」。この比喩も的確だ。以下、痛烈に比喩が続く。
「母さんの横顔は、熟れ過ぎたマンゴーみたいだ。だらりと垂れていて、触るごぐちゅぐちゅと汁が出て、ちょっと揺り動かすと、そのままぼとりと床に落ちてしまいそう。昔周りの皆にあこがれのため息をつかせたアーモンド形の目は、今では脂肪に押されて、余分な種みたいに、顔にはりついている。……綺麗な赤が輝いていた唇は、キャラバン隊長の皮膚みたいにごわごわとしていて、涼しげな青が乗っていた瞼は、鬱蒼とした森の影みたいに黒い。目をつむると、それは余計黒さを増して、その黒は厄介なことに、僕の心の中にまで入り込んできそうだった」
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