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memo

 「彼女が死んだ日、すべての手続きを終えてから、私たちは病院の地下にある大きなレストランに行ったの。思いっきり食べようって父が一言言った。茸ソースのオムレツ、帆立のスープ、甘海老のサラダ、牛肉のパイ皮包み、鱈のポワレ、鴨のパテ。私たち散々食べつくしたの。母がいなくなったことはものすごく悲しかったけれど、もうお財布の中身を気にしながら駅前のパン屋で立ち止まらなくてもいい、お湯も電気もじゃんじゃん使える、電話もかけられる。足を棒にしながら汚れた皿を洗わなくていい、クラスメイトが帰りに何か食べようと言ってもうんと言える。そんなことは確かに私たちをほっとさせたのよ」

 「でもちょっと右手のナイフを止めて立ち止まると、それってものすごくひどいじゃない、母が死んだのに安心してるだなんて。そうやって立ち止まるともうだめなの。もう手を動かせなくなるの。コーヒー牛乳みたいな色をした大量の血や、膨れ上がって黄疸だらけの腕や、あの甘酸っぱい独特の匂い、点滴の後の紫色の点々……それらが子供の持った水鉄砲のように飛び出してきて、もう食べられなくなる。『手を休めちゃいけない』と父は言ったわ。『思い出すことは他にもある』って。たぶん父はこんなときが来るのを予想していて、九階の九〇三号室で数少ない美しいものを探していたんだと思う。たとえばしみひとつないシーツや、シーツの上にできる変な形の日だまりや、開かない窓の外の緑や、母の足の爪、母の気に入りだったまぐかっぷの優しい色合。毎日毎日確かめるようにそういう一つ一つを探し、見つめ、心を静めてきた。それはきっと訓練だったの。いつか今日のことを思い出す日が来るだろう、いつか自分は後に残りそういうすべてを受け取らなくてはならない日が来るだろう、そのときすべてを休止しないために……条件反射でこれらを思い出せるように……頭の中に引き出しを二つ作るわけね。父はひとつの引き出しに、母の爪の形や白いシーツやマグカップなんかを詰め込んだのよ。そのとき私と妹は、テーブルの上に並んだ料理すべてを平らげるために、父に習って必死にもうひとつ引き出しを作ったの」

 「でもね引き出しはもうひとつあったのよ。それから保険金だの何だので、一時と比べたら信じられないくらいお金が来て……心配性の母は若いころから自分で幾つも保険に入ってたらしいの。寝耳に水どころか寝耳に洪水よ。そうして働く必要が何一つなくなったとき、みんなふっと、それぞれもうひとつの引き出しがあったことに気がついたの。それはね『ひとけのない九〇三号室に立っている、おかしくなった自分』なの。もしかしたらこの人はもう生きていたくないんじゃないか、苦しいだけなんじゃないか、こんな暮らしはいつまで続くのか……理由はなんであれみんな、一度は母を死なせてあげようと思ってきたのよ。自らの手で母を殺そうと。そして母のかわりにやってきたのが莫大な金。私たちね、もちろん暗黙の了解のうちで、三人で力をあわせて、きしむ引き出しを、いち、にの、さんでパン! と閉めたのよ。母にかかわる引き出しを全部ね」

 「私はテニスとバスケットボールをやっています。バスケットボールのチームは患者(というのは嫌な言葉ですが仕方ありませんね)とスタッフが入り混じって構成されています。でもゲームに熱中しているうちに私には誰が患者で誰がスタッフなのかがだんだんわからなくなってきます。これはなんだか変なものです。変な話だけれど、ゲームをしながらまわりを見ていると誰も彼も同じくらい歪んでいるように見えちゃうのです」

 「ある日私の担当医にそのことを言うと、君の感じていることはある意味では正しいのだと言われました。彼は私たちがここにいるのはその歪みを矯正するためではなく、その歪みに慣れるためなのだといいます。私たちの問題点のひとつはその歪みを認めて受け入れることができないというところにあるのだ、と。人間一人ひとりが歩き方にくせがあるように、感じ方や考え方やものの見方にもくせはあるし、それはなおそうと思っても急になおるものではないし、無理になおそうとすると他のところがおかしくなってしまうことになるんだそうです。もちろんこれはすごく単純化した説明だし、そういうのは私たちの抱えている問題のあるひとつの部分にすぎないわけですが、それでも彼の言わんとすることは私にもなんとなくわかります。私たちはたしかに自分の歪みにうまく順応しきれないでいるのかもしれません。だからその歪みが引き起こす現実的な痛みや苦しみをうまく自分の中に位置づけることができなくて、そしてそういうものから遠ざかるためにここに入っているわけです。ここにいる限り私たちは他人を苦しめなくてすむし、他人から苦しめられなくてすみます。なぜなら私たちはみんな自分たちが『歪んでいる』ことを知っているからです。そこが外部世界とはまったく違っているところです。外の世界では多くの人は自分の歪みを意識せずに暮らしています。でも私たちのこの小さな世界では歪みこそが前庭条件なのです。私たちはインディアンが頭にその部族をあらわす羽根をつけるように、歪みを身につけています」

 「僕は奇妙に非現実的な月の光に照らされた道を辿って雑木林の中に入り、あてもなく歩を運んだ。そんな月の光の下ではいろんな物音が不思議な響き方をした。僕の足音はまるで海底を歩いている人の足音のように、どこかまったく別の方向から鈍く響いて聞こえてきた。時折うしろの方でかさっという小さな乾いた音がした。夜の動物たちが息を殺してじっと僕が立ち去るのを待っているような、そんな重苦しさが林の中に漂っていた。雑木林を抜け小高くなった丘の斜面に腰を下ろして、僕は彼女の住んでいる棟の方を眺めた。彼女の部屋をみつけるのは簡単だった。灯のともっていない窓の中から奥のほうで小さな光が仄かに揺れているものを探せばよかったのだ。僕は身動きひとつせずにその小さな光をいつまでも眺めていた。その光を両手で覆ってしっかりと守ってやりたかった。僕はジェイ・ギャツビイが対岸の小さな光を毎夜見守っていたのと同じように、その仄かな揺れる灯を長い間見つめていた」
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