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笑止

 「あーもうほんっとに、あいつらばっかじゃないの。おおばかやろうばっかり!」
 アパートに帰り、ストッキングを脱ぎながら私は叫ぶ。テレビと向き合いゲームをしていたミツオはちらりと私を振り返り、ビールかなんか飲む? と訊く。おう、飲む、飲む。答えると、ゲームを待機画面にしてミツオは台所へいく。缶ビールを私に手渡し、
 「だれ? チイちゃん? 鍋島?」
 訊きながらゲームに戻る。私は宴会なんだか拷問なんだかだった飲み会の面子をこたえる。
 「鍋島、りつ子、コマ、キヤマ。恋愛氷河期とかなんとかさあ、好き勝手言いやがってよう」
 脱いだストッキングをまるめて放り投げ、ソファに座って私は冷えたビールを飲む。部屋は暑いほど暖房がきいている。ミツオは半袖Tシャツなのだから、トレーナーを羽織って温度を落とせばいいのに、と貧乏くさいことを思うが、面倒で私は言わない。テレビ画面のなかで、金髪タンクトップの男が、スーツを着込んだ敵と闘うのを眺め私は今日の飲み会の報告をする。
 「だいたいね、キヤマとかりつ子ってのはもうすでに妄想界の住人だからね。あいつら現実の男とお付き合いなさすぎて、人ってものをわかってない。ドラマに出てくるようなかっこよくて稼ぎもいい男が、現実にカクテルに指輪仕込んで結婚申し込んでくれるって信じてるんだよ、おげえ」
 「ゆいちゃん、何そのカクテルに指輪って」ミツオはへらへらと笑う。
 「私が思うに鍋島が悪い。あの男がうろちょろしてるから、みんな擬似恋愛で満足するんだよ。鍋島がいなければしゃべる男もいないから、みんな焦るってもんなんだよ」
 灰皿や煙草や鍵、ガス代金の請求書や耳掻きやボールペンののったソファテーブルから、クレンジングコットンをとり、私は顔を拭いていく。
 「鍋島ってさあ、女を憎んでるんだとおもうな」
 「そう! それなの! 私もずっとそう思ってた。あの子、自分で気付いてないけど激しく女を嫌ってるよね」
 「だからそのへんが鍋島の悲劇なんだよなあ。女としかつるまないじゃん、あいつ。そのくせ絶対恋愛にもちこまないし。ゲイかなって思ったけどそうじゃないみたいだし」
 「てういかコマちゃんは鍋島がすきなんだよね。のび太がださいぶん鍋島で我慢してるっていうか」
 「え、のび太って彼氏だっけ」
 「そうそう、あのぼんくら。性欲なさそうな。和菓子屋のぼん」
 「うわっ、また負けた! 信じらんねえよ」ミツオは部屋じゅうに響き渡るような声で叫び、あぐらをかいた自分の膝をげんこで数度叩く。リセットしてやりなおすのかと思っていると、立ち上がり、
 「お茶漬けとか、食う?」
 と訊く。うん、食う食う、化粧をさっぱり落とした私は笑う。暗い台所で調理を始めるミツオの後姿を私は眺める。冷蔵庫の前でしゃがみこみ、長い間迷って何かをとりだし、やかんに水を入れて火にかける。何か鼻歌をうたっている。私の知らない歌だ。本当に浮気しているのかもな、ちらりと思う。若い子と遊ぶために若い子の歌を覚えたんじゃないか。
 ミツオが若い子とカラオケにいったり酔ってでれでれと歩く姿は、いともたやすく想像できる。袖口のほつれたセーターやトレーナー、あまり清潔とは言いがたいジーンズをいつも身に付け、髪はぼさぼさでひげもきちんと剃れず、全身から不潔感が漂う上、金も持っておらず気の利いた遊び場も食事処も知らないミツオが、女にもてるはずがないと私はタカを括っていたのだが、意外に女にすかれるたちらしい。三度の浮気はたまたま浮上しただけで、ほかにもきっと色事関係はたくさんあるんだろうと近頃思う。二、三年前は、そのことで私もずいぶん悩んだり、逆上したり、数年後にバカオとののしられると予想もせず友達一同に相談を持ちかけたりした。けれど今はそんなふうではない。もちろん、ともに暮らす恋人が、若い女とでれでれ性交しているというのはおもしろいことではないけれど、それについて何か思うことに飽き飽きしてしまったのだ。それはね、疲れたってことなんだよ、そんな疲れた交際はやっぱりやめたほうがいいよと、キヤマたちは眉間に皺を寄せて言うけれど、そういうことでもないと私は思う。そうじゃなくて、ミツオと数度関係を持つ女の子たちは、きっとミツオを大好きになることはできても、大嫌いにはなれないだろうと思うのだ。私ほど強くは、嫌いになれないだろう。そう思うと、なんだかどうでもよくなってしまうのだ。
 「ゆいちゃんは明太子茶漬け。おれは梅干しい」
 両手に碗を持ってミツオは部屋に入ってくる。ソファテーブルの上のライターやら鍵やらを床に落とし、碗を二つ並べる。私たちは並んで座り、ずるずるとお茶漬けをすすった。足をのばし、ミツオは器用に足の指でリモコンのボタンを押し、テレビにどこか異国の風景が映る。
 「あ、世界の車窓」
 ミツオは言ってテレビに見入っている。晴れた空が映り、雲を映す湖が映る。
 「なんかプラズマテレビってすげえいいんだって」
 ミツオは言う。湖のなかをゆっくりと雲が移動している。カットが変わり、白と青の車体が映る。
 「じゃあボーナスで買うかな」
 「ええ、まじい? うれしいなそれ」
 「でもいくらすんのかな、プラズマって」私は言う。嫌味だ。プラズマテレビがいくらするか私は知っている。ミツオに金額を言わせることで、それだけの金額をきみは私に支払わせるのだと自覚させようとする、これまた貧乏臭い嫌味である。
 「十万くらいじゃないの」ミツオは言って汁を飲み干す。はーうまかった、とため息をつく。
 あほか。ちっこいサイズだって四十はするっつうの。私は心のなかで思わずつっこみを入れ、けれど口では、
 「ほんじゃ今度の休みにヨドバシいって見てくるか」などと言いへらへら笑う。
 「お、そうしようぜ」ミツオは言って、空の茶碗を流しにもっていった。私の知らない鼻歌が、仕切り戸の向こうからふたたび聞こえてくる。
 ミツオとは麻雀で知り合った。学生時代からつるんでいる麻雀仲間のだれかがミツオを連れてきた。ミツオはあまり強くなく、いつも暇にしているから、面子が足りないときは重宝した。負け代金をツケにするのが玉に瑕だったが、呼び出されればミツオはいつもへらへらと顔を出した。最近、りつ子やコマちゃんは、面子が足りなくてもミツオを呼ばない。バカオのツケを私が払うとわかっているからだ。
 寝室に布団を敷き、目覚ましをかけて私は布団にもぐりこむ。半分あけたふすまの向こうで、ミツオはまだゲームをしている。あっちくしょう、だの、つええよ、つよすぎるっちゅうの、などと、独り言が聞こえてくる。それを聞きながら私は目を閉じる。数秒を待たずに眠りはやってくる。

 木曜日、昼近くに起きた私たちは、上野駅のイタリア料理屋に昼飯を食べに出かけた。向き合ってパスタをすする。私たちは神妙な顔をしてパスタを食べ続け、何もしゃべらない。隣席の女たちの会話に、じっと耳をすませているのだ。
 木曜の昼間に暇にしている人を見ると、みな自分と同じデパート勤めなのではないかと私は思う。しかし彼女たちの大声で交わされる会話から、二人とも近隣企業のアルバイトであることがわかる。今日が休みなのではなくて、二人はランチを食べにきただけなのだ。二人ともずいぶん気合の入った恰好をしている。はばかりのない大声で「モリくんはクソヤマトのことなんか相手にしねえっつうの、なのにさあなんなのあのバカ女。いまどき試写券でつるなんてさあ」「でもモリくんいくって言ってた」「何それ、それをあんたに言うわけ? マナリンもちゃんとしなようう」「べつにいーんだ試写会くらい。それよかむかつくのは合コン」「あーあー合コン。ヨウコさんもおっかしいよねえ」「てゆうか今日のヨウコさんの恰好すさまじかったねえ」「あれモリ狙い? それともナカモトさんとの噂ほんとなのかなあ」「ノンちゃん合コン誘われた? 誘われないよね」「誘われるわけねーべや。てゆーかあたしモリくんに嫌味言ってやろ」「いーってそんなの、いーっていーって」切れ目なくしゃべっている。マナリンは渡り蟹のトマトソーススパゲティを食べ、ノンちゃんは鶏ときのこのクリームスパゲティを食べている。
 私はカルボナーラからちらりと目を上げ向かいに座るミツオを見る。ほうれん草とベーコンスパゲティのミツオは神妙な顔をしてフォークに麺をまきつけている。私と同じことを考えている。私は早く二人の話を検証したくてうずうずしている。
 案の定、女たちが席を立つやいなや「おれ思うんだけど」タバスコを大量にかけながらミツオはぼそりと言う。「ノンちゃんはさあ、マナリンの恋を応援しているようでいて、その実、モリくんをねらっている」
 「やっぱりか!」考えていたことがまったく同じだったことに興奮し私は大声を上げる。
 「しかしモリくんはもてるんですな。私はね、じつはノンちゃんはすでにモリくんとやっているとみた」
 「かもな。モリくんてけっこうフリーセックスかも」
 「ヨウコさんともたぶんやってるね。ナカモトさんてーのは妻帯者で、マリさん不倫街道で、そんでさみしくなって寝たんだねモリくんと」
 「じゃモリくんとやってないのはマナリンだけか」
 「あいつちょっと少女少女入ってたもん。キヤマ系だね」
 私たちは見ず知らずの女たちの背景を勝手に作り上げ、考察し、その後の展開を予想して楽しむ。下品な趣味だと我ながら思うが、この下品さが私とミツオの唯一の共通点であると私は思っている。友達をこきおろしたり、知らない人を無責任に考察したりして、それをまったく恥じることなく純粋に楽しめるところが。
 イタリア料理屋を出ると、見事に晴れ渡っている。さっきより気温もずいぶん高い。
 「小春日和」ミツオが言い、
 「それは秋だって」私は訂正してやる。
 「なんか午後から仕事いきたくねーな」
 「じゃ、さぼる?」
 「梅とか見にいきてーな」
 「梅、いいねえ。きっともう満開だよ」
 「じゃいかねえ? まじで」
 「えーほんとに仕事休む? 平気?」
 「平気だろいちんちくらい。梅ってどこで満開なの」
 「そうだなあ、青梅とか。青梅っていうくらいだから梅の町でしょ」
 「よっしゃ青梅いこう」
 私たちは切符を買いに歩き出す。途中、ミツオは携帯電話を取り出し、午後からいくことになっていた仕事に断りの連絡を入れている。午前中歯科医院にいったら親知らずが捻じ曲がってたいへんなことになっていて、ちょっとした手術をされ、明日の午後まで安静にしていなくてはならなくなった、今も痛くて何も手がつかない歩けないと、呆れるくらい幼稚な嘘を必死でついている。背をまるめ電話をかける後姿を私は眺める。三十四歳。来月で三十五歳。この人の母親は、自分の息子が、親知らずを手術して歩けないなどと言って仕事をずる休みする男に成長していると知っているんだろうかと、そんなことを思う。
 電車は空いていた。私たちは並んで座り、窓の外を眺める。連なる屋根を、陽射しがちかちか光らせている。まるで海が広がっているみたいだ。向かいの席に、眠る母親と退屈した子どもが座っている。後ろ向きに顔をつけていた子どもは向き直ってミツオと私をじろじろ見比べている。ミツオが舌を出し寄り目をしてみせる。子どもは微動だにしない。じっと見ている。
 「かわいくねえな」ミツオがそっと私に耳打ちする。
 「そういう問題じゃないと思うんだけど」私は声のトーンを真似て返事する。
 母親がぐらりと上体を揺らし、手にしていた子どもの帽子を落とす。子どもは座席から飛び降り黄色い帽子をかぶる。そしてふたたび私たちをじっと見る。海のような家並みを背景に、黄色い帽子もちかちか光る。
 ミツオとはじめて会ったとき、かっこいいだとか魅力的だとか、そんなふうには思わなくて、ただ、この人は自分と同じようなものを見てきたのではないかと思った。成長過程での立ち位置がひどく似ていたのではないかと。調子者でだれかを笑わせるすべを考えることで毎夜過ごして小学校を卒業し、中学に入って自身の抱える暗さに気付いて愕然とし、必死に隠して人気者であろうと心を砕き、高校に上がってその暗さは諦観にすりかわり、何事も冷めた目で見ながら、それでも人に嫌われまいと冗談だけを言い続け、そのうち嫌われたくないという一点のみから行動するようになり、筋金入りの不良と筋金入りの優等生の双方と友達になり、中途半端に改造した制服を着て、自分は何者かになれると信じて大学に入り、何者かになるはずが恋やバカ騒ぎに明け暮れて四年を過ごしてしまい、何者かなんかどうでもよくなって、それでも自分が世界の中心にいると錯覚して遊び狂い、気が付いたら三十歳で、好きなことと嫌いなことを選り分けて、極力好きなことを寄せ集める日々をだらだらと送っている。ミツオは私と寸分違わぬところで成長してきたんだろうと思った。そうしてその印象は会うたびに確信に変わった。
 なんとなくつきあいはじめてなんとなく一緒に暮らすようになったのは、だから私にとって不思議もないことだ。そこには恋につきものの華やかさも浮き足立つような甘さもなく、たとえばシャンプーが切れて銘柄も選ばず買い足すような、淡々とした日常しかなかった。私たちは互いを見詰め合って愛を語ることも恋をささやくこともなく、明日には忘れてしまう友達の悪口を言って笑い、隣り合った見知らぬ人の事情を執拗に詮索して笑う。
 「なんか温泉いきたいよね」私は横に座るミツオに言う。
 「温泉っていうか海いきてえな」
 「両方あるとこにいきたいね」
 「そうすっとやっぱ夏かなあ」
 「泳げたほうがいいしね」
 「ゆいちゃん別荘買ってよ、伊豆か房総に」
 「別荘ねえ、いいねえ」
 私たちは遠い目をして、男の子の黄色い帽子の向こうに広がる単調な景色に見入る。
 どこへいくのだろう。この静かに流れる空いた電車に乗って、どこへ。私たちが今目指しているのは、梅の町ではなく、ぼわぼわした得体の知れない場所のように思えた。そこには別荘もないだろうし、自分たちの持ち家もない。ペットもおらず、車もない。ただ太陽だけが照っていて雲のない空がのたりと広がっている。
 うんと子どもの時分、私はどんな未来を思い描いていたのだったか。明確に思い出せないということは、きっとたいして何も考えていなかったのだろう。ただ、将来の夢だの目標だのを、書かされたり言わされたりするのがひどく苦痛だったことだけは覚えている。高校の同級生だったスウちゃんは、スチュワーデスになってアメリカ人と結婚すると言っていた。スチュワーデスにはなれなかったが実際アメリカ人と結婚した。大学のとき仲のよかったマンダは、広告会社に入って何かしたいと言っていた。卒業後、有言実行で大手の広告代理店に入り営業で外回りをしている。私の友達のなかで一番のお金持ちである。私はそういう友達を、何か別種の生き物を見るように見ていた。きっと彼らは、平日の昼間に電車に乗っても、目的地をたやすく思い浮かべることができるのだろう。自分はどこへいくのかなんて、子どもじみた疑問をふと感じたりはしないんだろう。
 窓の外にうっすら山の稜線が見えはじめる。もうずいぶん都心を離れた。
 電車が停まり、ドアが開く。黄色い帽子の子どもは飽きずに私たちを見ている。私は首を傾けてミツオを見た。ミツオも同時に私を見た。
 まったく同じことを言おうとしているのがわかった。結婚しようと私は言いそうになっていた。ミツオも同じことを言いそうになっていたはずだった。大好きながら大嫌いなこの男と結婚したとしても、未来はかわらずぼわぼわした得体の知れない場所だろう。別荘も車もない。日々の細かい支払いと食事と支度と生ゴミと、ほかの女の影とつまらない嘘と安っぽいゲーム音楽と、ちいさな諍いと新鮮味を欠いた性交と多くの手に入らないものとで構成された、ごたついた場所だろう。私は今とかわらず、帰り間際にミツオがくたばっていてくれないかとひっそり期待し、けれどミツオはごたついた場所で生産性のない格闘ゲームでもしているのだろう。
 私たちふたりともに欠如したたくさんのものごとのなかに、結婚観と人生観の欠如というのは歴然とあり、それはたとえば、大きな病のようなものだと私たちは思っている。不幸は自分の身には降りかからないと楽観的に信じている。結婚も人生もそれによく似た何かで、だからこそ、私たちはへらへらと日々を過ごし、この先、とか、二人の関係、とか、将来、とか、言い合わなかった。そういう気遣いを、相手と自分にしていた。
 結婚においてミツオが思っていることは私と大差ないだろう。ぼわぼわした、くそおもしろくない場所を思い描いているだろう。そのことが、この電車のなかで私をひどく安心さえ、気遣いの気持ちを解いたのだった。
 開いていたドアは閉まり、電車は音もなくなめらかに走り出す。私たちは数秒見つめ合ったまま、結局何も言わず電車に揺られている。
 「あの親、どっか具合悪いんじゃねえか」
 私から目をそらしミツオが言う。
 「っていうか子どももちょっとへんだと思わない? あんなにちいさいのに、身動きひとつしないで、じっと私たちを見てる。ずーっとだよ?」
 「笑わしてみようか」ミツオは言い、子どもに向かって白目をむき、舌をだらんとだし、人差し指で鼻を持ち上げる。
 「笑わない」
 「不気味すぎる」
 「あの子、なんだか鍋島に似てる」
 「おれもそれ思ってた。鍋島もこういう不気味なとこあるよな」
 「女嫌いっていうか人間嫌いなのかな」
 「かあちゃん病気みたいにずっと寝てたらそうなるかもな」
 「かあちゃんて言えばさあ、チイちゃんってマザコンだよね」
 「だってあそこんちのママ、すげえぜ。会ったことある? 指に全部指輪はめて、南国の島みたいな色のコート着て、なんかの鳥? みたいな。友達みたいなため口で話してきたと思ったら、『うそぴょーん』とかって言うんだぜ」
 「寒い」
 「年とったって感覚がないんだろうな。若いままなんだろうな」
 「でもキヤマとかもそうなりそうでこわい。キヤマ、カラオケであやや歌うんだもん。完コピできるってことはCD借りたってことでしょ。こわくない? 三十四、五女が」
 親不知手術という嘘をつく三十四歳と、そんな男を誘って梅見物にいく三十四歳の私は、自分たちを棚上げして、相変わらず友人たちを無責任にけなしまくる。
 「なんか駅の間隔長くなったね」
 「田舎だからな」
 「梅干売ってたら買おうね」
 「かりかりみたいなのがいいな」
 「やだあ、ぼってりしたほうがおいしいじゃん」
 「ま、どっちでもいいけど。うわ、唾たまってきた」
 私たちはうすく暖房のきいた車内でぼそぼそとしゃべり続ける。次の停車駅でふたたびドアが開いたら、さっき言おうとしていたことを言ってみようかと私は思う。いや、言う必要もないか、とも思う。まあどっちでもいいけどと、梅干のことみたいに思う。
 突然眠っていた母親が目を覚まし、寝ぼけた顔で周囲を見渡し、突然がばりと立ち上がる。ここどこ? ここどこよ? 男の子の肩を揺すって訊いている。男の子はされるがままになり、黄色い帽子はふたたび通路に落ちる。あー寝ちゃった。あー寝ちゃった。ター坊なんでおこさないのよう、あーもうここ、いったいどこなのよ? 帽子を男の子にかぶせ、母親はうろうろと歩きまわっている。私たちは笑いをこらえてうつむく。ミツオの肩がふるえている。電車は次の停車駅へとゆっくりすべりこむ。窓の外、遠く、停まったままの観覧車が見えた。
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