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裁判

 いまだに記憶にあたらしいヒ素カレー事件の容疑者に最高裁から死刑判決が下された。事件当時、裁判員制度の導入を誰が想像しただろうか。
 実は部外者の国民が裁判に直接的にかかわる姿を、わたしたちはどこかで目にしたことがある(傍聴席のことではない)。それは海外モノの映画だ。『ニューオーリンズ・トライアル』という法廷モノの映画では、ライフルを製造する会社で起こった銃撃事件で、犠牲者となった主人公の妻の裁判をテーマにしている。原作は、ジョン・グリシャムの『陪審評決』で(こちらは喫煙によるガンをテーマにした裁判ネタだが)、これを映画化している。

 アメリカでの裁判員制度は国民にとって、少なくとも日本人よりは身近なものとして存在している。だからといって裁判員制度を当たり前として享受しているかというと、そうでもない。すでに日本でも制度導入に猛反発してデモが行われているように、極力選ばれたくないという人が多い。陪審員の候補者として選ばれたら、社会人のほとんどがその責務から逃れることはできない。日本に導入される決まりごとも、ほぼ同じとみて間違いないだろう。ちょっとまとめてみる。

 ~前年12月ごろまで~

 ①裁判員候補者名簿を作成
 ―選挙権のある人のなかから、翌年の裁判員候補者となる人を毎年くじで選び、裁判所ごとに裁判員候補者名簿なるものがつくられる―

 ②候補者へ通知・調査票の送付 
 A 調査票を活用し、明らかに裁判員になることができない人や一年を通じて辞退事由が認められる人は、裁判所に呼ばれることはない

 ~原則裁判の6週間前まで~

 ③事件ごとにくじで、裁判員候補者が選ばれる
 ―事件ごとに、①の名簿のなかからくじでその事件の裁判員候補者が選ばれる―

 ④選任手続き期日の知らせ(呼出状)・質問票の送付
 B 質問票に基づいて辞退が認められた人は、呼出しを取り消されることになり、裁判所に行く必要はない

 ~裁判員選任手続き期日~

 ⑤裁判所で、候補者のなかから裁判員を選ぶための手続きが行われる
 ―裁判長から、辞退希望がある場合の理由などについて質問される
 C この段階において、裁判員になれない理由のある人や辞退が認められた人は候補者から除外される。また、検察官や弁護人の請求により、候補者から除外されることもある

 ⑥裁判員が選ばれる


 途中ではさまれているA、B、Cからもわかるように、裁判員を選ぶ、裁判員に選ばれるというのは至上難しいことなのだろう、慎重に慎重を期しているのがわかる。といっても、あとから文句を言わせないと暗に言っている国の策略や、国民に人を裁くことを押し付ける横暴さや、冤罪のおそれからくる責務逃れを匂わせているのが今回の制度だ。制度導入反対のデモが起こるのもうなずける。裁判員をおりる手続きがあるなら、何もデモまですることないんじゃない? とおもわれる人もいるだろうが、ここには理由がある。裁判員候補者になったら、ほぼ90%の人が出頭しなければならないというのがアメリカの現状であり、それは日本も同じようになるだろうと予想されているからだ。辞退希望を出せる人の例をあげておく。

 ①70歳以上の人
 ②地方公共団体の議会の議員
 ③学生
 ④過去五年以内に裁判員、検察審査員を務めていたことや過去一年以内に裁判員候補者として裁判所に行ったことのある人
 ⑤一定のやむを得ない理由があり、裁判員の職務につくには困難である人

 この⑤についてかすかな希望を抱く人もいるとおもうので、さらに追及してみた。
 ・重篤な病、けが
 ・親族や同居人の介護、養育
 ・事業に著しい損害が生じるおそれがあること
 ・父母の葬式、他の期日に行えない社会生活上の重要な用務
 ・妊娠中や出産直後(八週間以内)
 ・親族または同居人の重篤な病・けがの際の入通院等への付き添い
 ・妻・娘の出産への立会いまたは入退院への付き添い
 ・住所・居所が裁判所の管轄区域外の遠隔地にあり、出頭困難であること
 ・職務を行うことなどにより、本人などに身体上、精神上または経済上の十代な不利益が生じるような場合

 memo

 裁判にかかわることだけが、国民は辞退を希望するのではない。
 自営業も会社員も、日当や交通費は出されるが上限一万円とされている。この数字がどう捉えられるか。
 裁判に拘束される期間はどれほどなのか。なるべく国民に負担はかからないように配慮されているというが、時間を配慮する裁判なんて本末転倒である。
 裁判における守秘義務とは何か。裁判員は、「評議の秘密」を守らなければならない。非公開の評議で誰がどのような意見を言ったかということなどだ。あとで公にされるのでは、批判などをおそれて自由な意見交換ができなくなるおそれがあるからだ。”批判”なんて軽い言葉で片付けられているが、扱う事件は全て死刑に直結する重大な刑事裁判である。被告人にかかわる人間が指定されている暴力団などであり、情報が漏れたりなどすれば裁判員の身になにが起こるかわかったものではない。

 ほぼ諦めモードだが現実的な問題を処理していこうってことで、誰もが一番気になっている情報をまとめてみた。気になった点は、二つ。

 裁判員となるために仕事を休むことは認められるか?
 答えはYES。
 法律で認められているし、裁判員として仕事を休んだことを理由として、会社が解雇などの不利益な取り扱いをすることは法律で禁止されている。
 かといって、そんな抽象的な法律が有効的かどうかなんて明白だろう。男女雇用機会均等法しかり。各々の職場の風景と事情を想像してみて、大丈夫だろうと思える人はいいが、なかなか難しい人間関係のなかにいる人にとっては甚だ迷惑な国からの申し出なのだ。

 裁判員候補者として裁判所から呼ばれる可能性ってどのくらい?
 答えは1年間で約330人~660人に1人。
 3年前のデータになるが、裁判員制度の対象となる事件が3111件だった。日本全国の選挙権をもっている人の数が約1億355万人(当時)なので、仮に1事件につき裁判員候補者として50人から100人が呼ばれるとなると、出てくる数字は上記の通り。

 図書館に行くと、法務省が発行している簡単に説明されたパンフなどが種類豊富にならんでいるけれども、あまり『死刑』という文字がみられない。プレッシャーを与えないための配慮だろうが、この点からもうっとうしさを感じる。長らくこの国でも死刑存続について論議されているが、たしかに裁判員制度導入によって、国民が死刑についてより深く考えるための機会になりえはしただろう。だがそれ以上のことははっきり言って期待できない。
 テレビでは林容疑者の死刑判決の知らせが流れ、遺族のコメントがこれ見よがしに報道されている。「死刑は途中経過でしかない。犯行理由がわからないまま闇に葬りさられるようで、悲しみは途絶えない」
 林容疑者は言う。「国の間違った判決で私が冤罪をこうむるのは残念でしかたがない。私は国に殺されるのか、国民に殺されるのか。以降の裁判員制度はどうなるのか」

 死刑はもはや抑止力云々の問題の枠を超えつつある(死刑の存在があるから裁判員制度導入の存在もある)。
 死刑になりたくて犯罪をおかしたという凶悪事件が、ここ数年あとを絶っていない。
 死刑のあり方について疑問をもつ人は、私以外にもいるのではないだろうか。遺族の涙ながらのコメントや気持ちをはかることで、私たちは心を抉られるようなおもいで彼らの安息を祈り、犯罪者の贖罪を願う。問題は、この時点での、関係者同士の温度差や、部外者同士の温度差である。ほとんどの遺族たちは、犯罪者に極刑を望んでいる。その確率はほぼ100%に近いほど、犯行理由を明らかにしてからお前も死ね、の一本だ。部外者は死刑は当たり前だと述べる人もいれば、違うかたちでの贖罪をと言う人もいる。
 一番重視するべきは、もちろん遺族の気持ちだ。だから裁判が行われるのだから。でも私は拭いきれない疑問がひとつだけ、どうしても残ってしまうのだ。
 死刑にさせたいなら、あなたが直接殺すといいのではないか。
 傍聴席に坐っていると、まれに証言台に立つ遺族が理性をうしなって取り乱す姿が見られる。おまえが無罪になんかなってみろ、絶対に俺がころしてやる。国がお前を裁けないならあとで俺がかならずころす。
 復讐心に満ちた眸を見守るなか、落ちつかない気持ちで懸命に彼の心情を酌もうとこころみるが、どうしても最後には疑問が残ってしまう。あなたは、本当に彼を殺すのかと。決して被疑者を擁護する意味で言うのではない。犯罪での強いる殺しと、復讐による刑での殺しは、形はどうであれ同じことをするのだから。いや、突き詰めて言えば、もっとひどいことをすることになるのかもしれない。それは殺人をさせるということなのだから。死刑は人の手によって行われるということを失念してはならない。死刑は自然に行われるのではない、人工で行われるのだ。

 死刑判決が下されれば、死刑囚として拘置所にとらえられ、法務大臣の印が押されてから朝9:00~10:00の間に決行される。立会人は拘置所の責任者、刑務官4人、お坊さん、医師である。日本における死刑とは、知らない人が巷にはまだいるようだが、絞首刑である。目隠しをさせ、首に紐をあてがい、お坊さんのお経が流れるなか、責任者が合図を送ったと同時に、死刑囚の立っている床が開く。床を開かせるボタンを押すのは、刑務官4人で、その赤いボタンは4つある。なぜ4つもあるのかといえば、刑務官の負担を軽くするためだ。死刑に同行する刑務官はその責務からは逃れられない。処刑日は、午前中に特別手当とともに早退させられる。刑務官の家族に知られないように、手当ては振込みではなく手渡しだ。なかにはその重圧に耐え切れず、自害した刑務官もいる。国の名誉を守るために、もちろんそんなことはメディアには公表されず、一部の関係者にしか知らされていない。

 裁判員として裁判に出頭し、有罪か無罪かに挙手するということは、人の命を左右するということに他ならない。それがどういう意味を持つのか。
 私が遺族の立場になり、いや遺族になったとして、死刑のあり方に疑問を持ちながらも、それでもなお私は死刑を望むだろうか。矜持をもって、あなたは死ぬべきであるといえるだろうか。
 私が有罪と手をあげるのは、私がこの手で犯罪者の首に紐をかけ、私の意志でボタンを押すことをいとわない事例のみだ。人の命を預かり、行く末を見守る本当の意味というのは、こういうことにあるのではないか。涼しい顔をして「あいつは死刑で当たり前だ」と口にできるだろうか。
 しかしながら、いざ現場に立てば、きっとその意思は笑えるほど左右に揺ぎ心はくすぶられ、被告人の顔をみることができずに下ばっかり見ているのかもしれない。勇気をもって顔を上げたとしても、被告人の首に、目がいってしまう気がする。どうして犯罪なんて起こるのだろう、どうして人間てこんなに面倒なんだろうと、場違いにもこの世や人間の仕組みを疎むかもしれない。私の浅知恵ではとうてい行きつかない境地の先に、ただしい答えなんてものがあるのだろうか。
 林被告に下された判決は、いままでの事例からみても稀な状況証拠のみで死刑とされている。疑いに確証がないまま処刑させることに関して、妥当と感じるか、強引と感じるか。
 というより、日本の司法を根っから信じてない私には荷が重いのはたしか。異様なほどの守秘義務に密閉された取調室、他国に比べて長すぎる身柄の拘束、警察のプライドを守るための自白強要、事実湾曲をしているのはもはや犯罪人だけじゃない。何を信じるかは己の目と情報力だが、限度もある。
 裁判員制度導入まで、あと一ヶ月を切っている。
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