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采配

 青いボールに、緑色の苔だかカビだかがところどころに生えている。近づいてみると灰色やら黒やらの微生物がいるかと思えば、それは建築物であり、道路だった。もう一度距離をとって眺めてみる。やはり青いボールである。海は人の手によって汚されているというが、距離をたもてばここまで青い。宇宙から見た地球なんて、碍もなければ貢献もない。強いてあげるならば、宇宙にゴミを出し消化できていない現実くらいだ。

 目的地をしぼってみる。子どものころ、遊んでいた田舎の畦道。子どものころ、というものをさらにしぼってみる。たとえば見栄を覚える8才くらい。地図から消えた村の名前は、どうやら何度も町や市と合併していたようで、おかげで検索しても見つからないわけである。川沿いの砂利でころんで足を怪我した場所をさがしてみる。ない。地形が変わったか、記憶がずれてしまったようである。

 たとえば羞恥を覚える9歳くらい。電燈のひかりだけでは心もとないような、夜の田んぼと誰が所有しているのかわからない更地。ドブに囲まれた田んぼの脇には、少年少女たちのひみつ基地があった。立ち入り禁止の看板が柵にかけられた簡易ダムの階段をのぼると、そのてっぺんから内部が覗け、話し声がこだまするその空洞は彼らの特別な空間だった。ところどころに寝転げられる足場があり、そこであるときはおたがいの秘密を披露し、あるときはお菓子を持ち込み、あるときは一人で時間をすごす。ひみつ基地を知るものはアジトをばらさない掟をまもり、まもることはとても特別なことだった。また、特別なことは少年少女をすこし成長させ、成長するということはひみつ基地をいつか放棄することだった。

 たとえば現実を知る10歳くらい。空港で奇妙な言葉をはっする男に声をかけられ、とっさにリュックから差し出したポケットティッシュを奪い取るようにして去る男。去り際になにごとかを呟いたが意味がわからなかったこと。その男はトイレへ駆け込んだこと。のちに耳に残った綴りが謝意をふくんだものであると知ったこと。そのころまでは、知らない人に関わってはいけない、という教訓は学校でも家でも教わったが、自分から学ぶものもあったということ。知らない人および危険そうな人の気配がするのであれば、極力安全な策が取れる立場でいること、子どもの地位を使ってすべてを投げ出して助けを呼ぶことができるということ。

 そこからはだんだんと記憶はたしかなものとなっていく。現在に近づくにつれ、それは濃厚なものとなっていく。グーグルアースはすばらしい。というよりもおそろしい。
 記憶は順にたどることはできない。断片的なものである。もっと古い記憶を捜してみる。

 たとえば争いごとがきらいだと知る7歳くらい。県営団地の中央通りをまっすぐ進んだ先の小学校。習字教室、スケートボード、不良中学生、通学路で挨拶をする老人。死への恐怖をごまかしはじめる。

 たとえば食べ物に好ききらいを知る6歳くらい。ランドセルの初めての重み。乳歯を取る恐ろしさ。一人で学校へ行く心細さ。計算ドリル。名前を漢字で書く。三輪車から自転車にかわる。死の恐怖をおぼえる。

 たとえば動くものには命があると知る5歳くらい。花をつむことは罪悪だとおしえる担当教師。植物にも痛覚があるのだとしきりに信じる。花屋を不気味に思う。自分がどこからきたのかを考える。喜怒哀楽を親の関心を寄せるために使う。

 たとえば言葉のつうじない動物がいることを知る4歳くらい。ぬいぐるみと、生身の犬猫の違いを知る。鳴き真似をしてみても動物の言葉が理解できずにいらいらする。喜怒哀楽を意味もなくひたすら外界に訴えかける。
 
 もっと、もっと奥へと記憶をさかのぼらせる。

 たとえばベビーカーからみあげた青白いそら。新緑の木々がおたがいをさしかける隙間がまぶしいこと。チャラチャラと興味深い音を出すこん棒のようなおもちゃ。異様なスピードでみあげた空が移動している。背中がごろごろしているのは、ベビーカーの車輪がコンクリートをこすっているからだ。日除けカバーのうしろから少年の笑い声がきこえる。

 たとえば赤い世界。寝ているのか起きているのかわからない感覚。生きているのか死んでいるのかわからないような、存在しているのかしていないのかさえわからないような感覚。だれの記憶もないはずの、生まれ出でてもいない自分の記憶さえないはずの私は、たしかに何かを思っていたはずなのに覚えていない。私が思い起せる最果ての記憶、またはそれらしいものは、ここが終点のようである。しかし本当にこの地点に旗をつけるべきかどうか、ふいに疑問におもうことがたまにある。なにか大事なことを忘れてはいまいか、不安にも似た切なさもある。私の前に生まれるはずだった兄たちは、このあたりの記憶や思いは、存在しなかったのだろうか。
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