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child in the ground

 深夜の公園で、己から暴走族グループを挑発した「私」は、殴られ蹴られ地面に倒れている。
 痛みと恐怖の先に確かにある、得体の知れない何かに期待する自分がいる。土と同化していくかもしれない恐ろしさと、土から伝わる温度の確かさは、生理的に身体を震わせ、心も現実から逃げたがっていただろう。しかし、なぜかそのとき、魂めいたものの存在をわずかながら感じ、この身体の中にある心よりも、もっともっと奥にある何かを掴もうとしてはいなかったか。

 「私」の意識は、理不尽な暴力をこうむりつつも認識と内省をやめない。肉体は流血し、痛みにうめき、痙攣しているが、意識は、自分のうける暴力の意味を考え続けている。この意識が、身体とわずかに紙一重、ずれている。身体は外から加えられる凶暴な力に直接反応するしかないが、意識はこの紙一重のズレにおいて自由を確保している。その自由のなかで、その状況の先にあるものを考えるが、明瞭にいうことができていない。

 「私」は何を待っているのか。周りはやがて、彼が幼い日、養父母によるすさまじい虐待の果てに、土に生き埋めにされて殺されかけたことを知る。そのとき、「死」とは「土に同化する」ことにほかならなかったはずだ。では彼は、少年時のトラウマ的な体験を反復しているのか。彼が待っているのは、恐怖の先にある死そのものなのか。

 意識の背後で「私」を突き動かしているのは、フロイトのいう「死の欲動」であるかもしれない。物質の中で目覚めた有機体としての生命が、生命でありつづけるために強いられている緊張を完全にほどいて、無機物に回帰しようとする欲動である。それなら、「土と同化する」ことは、彼の定義どおりの「死の欲動」である。

 フロイトは、第一次世界大戦の戦場から帰還した者たちや大きな事故に遭遇して生き延びた人たちが、戦場や事故の現場を繰り返し夢に見るという事実に注目した。恐怖体験を反復するようなその夢は、夢は願望充足だという彼の理論に適合しない。ただ恐怖と苦痛しかないにもかかわらず、人は何度も繰り返して、その恐怖と苦痛に満ちた夢を見てしまう。「死の欲動」は、この不可解な反復を説明するために彼が立てた仮説だった。

 たしかに「私」は、自分を危難にさらすような行動を繰り返す。でも彼は、自分で自分の行為を反省しつつ、こう思う。「私は死にたいのかな。いままでやってきた変なこと全部は、そこに惹かれた結果なのかな。違うだろ。似ているように思うけど、やっぱり違う」そして、一つの自覚に到達する。

 私が望んでいたのは克服だったんじゃないか。根付いてた恐怖を克服するために、周りから見れば眉をひそめるようなやり方ではあったけど、恐怖をつくりだしてそれを乗り越えようとした、私なりの抵抗だったんじゃないか。

 この自覚において「私」は、死への衝動とすれすれに働いているはずの生への意欲を掬い出そうとしている。しかし、この自覚の直後に「私」は、これも幾度も反復されていた「落下」の感覚に襲われてしまうのだ。落下の光景は彼の記憶になかったものだという。だから、それが仮構された象徴的な光景であるのか、意識の底深く隠蔽された事実の記憶であるのか、「私」も決定できないし周りも決定できない。

 実父に会うことを拒み、土の中から生まれたのだと言うとき、彼は彼の生を拘束しつづけた恐怖の体験をとうとう克服できたようにみえる。自立し独立した一人の若者としてすっくと生きようとする決意を表明しているようにも見えた。けれど、その克服、その決意は、実父の存在の否認を代償にしていた。そして、落下の光景において、ベランダの柵から幼い彼を落とそうとしていたのが実父だったとすれば(私はそう読む)、意識に隠されたものとの彼の対決、克服への辛い戦いは、まだ終わっていないことになる。

 彼の真の戦場は、外界ではなく「私」の意識の内部にあったのだろう。それは、底に隠れて自分を突き動かす何者かを引きずり出し、その正体を見極め、認識し、自覚し……自覚することで克服しようとする戦いなのだろう。
 おそらく、意識は二重底になっているのだろう。底と見える体験もまだほんとうの底じゃない。
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そうきたか

ベランダの件が実父が犯人だという線は探れなかったな、そういう見方もあるか。確かにそうであるなら、まだ解決にはなってないね。私も二重底はあると思うよ。幸せの天井は容易く感じ取れるのにね。

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