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 物語。濃縮された、物語。
 それは、ジュースよろしく薄い味に還元されたりはしない。濃いままの味を一滴だけ読み手に味わわせる。その一滴で、どのような風味と味わいを持つのかを知らしめる。あとは、私たち自身の持つ水で、自在に混ぜ合わせて飲み頃にすれば良い。その術を知った人たちは、凝縮された彼らのエッセンスを美しい小瓶に詰めて心に隠し持ちたくなるだろう。
 彼と彼女の両者には近いものがある。作者がどう思おうと読者には関係ない―。
 詭弁のようにも、傲岸不遜にも思える。でもそうではなく、「そうだったのか」と納得させられる。
 それはまるで作品に登場する憑物落とし。
 自身は、本と心安けく過ごせる環境を愛し、争いを心底憎む……その性分、どうやら幼時に完成されたようで、そこがどうにも極めて妖怪的であったりもする。
 あれは間違いなく、氏は破格の作家である。

 「りんご追分」のさっちゃんは、いつのまにか働かなくなった男との日々に倦んでいる。彼に声を荒げる自分に打ちのめされている。それでも、彼を失ったら泣くだろう。夜もバーで働く彼女が、みじめな男の客とつかの間の会話を交わして明け方ひとりで帰ろうとする。
 〈グラウンドの角を曲がったとき、いきなり音が破裂した。トランペットだった。あたり一面全部の空気をふるわせて、力強い音が流れた。おそろしくゆっくりの、暴力的なまでに巧みな、「りんご追分」だった。音は空に向かって破裂するようにも、地面にしずかにおりていくようにも思えた。あたしは動けなかった。
 どうしてだかわからない。あたしの心臓が泣き始めた。号泣、と言ってもいいような泣き方だった。〉

 人の心の堤防を崩してしまうのは、投げつけられたひどい言葉でも暴力でもないのだ。通りすがりの男の返す〈おやすみなさい〉であり、トランペットの音色であることも。何故なら、それは不意打ちだから。不意打ちが、涙腺の堰を切る。「りんご追分」が、彼女のそのためだけに作られた曲のように、はっきりと私たちの耳に届く。聞こえてくる。字なのに。
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