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贖罪

 旅への心意気に関し、度胸があるといわれて仰天した。そのことに関しての返信だ。
 どうしても旅慣れることが私にはできない。ひとりで旅をしてきて、何度も経験を重ねているのだからいい加減慣れたらどうかと我ながら思うけれども、しかし旅には毎回緊張する。それも、極度の緊張である。もちろん、ガイドなんてついていない旅であって、旅行ではない。
 緊張をほぐすため、写真でも見てわくわくしようとガイドブックを購入しページを開くのだが、気づくと「治安と犯罪」の項目を熱心にかじりついている。この町にはスリが多いとあれば、私はきっと被害に遭うだろうとくよくよし、この峠には山賊が出現するとあれば、私はきっと山賊に身包みはがされるだろうと絶望する。旅に出るのなんかやめてしまおうか、とまで思う。しかしここで旅を中止するのはあまりにもなさけない。みずからを鼓舞して荷物をまとめる。
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裁判

 いまだに記憶にあたらしいヒ素カレー事件の容疑者に最高裁から死刑判決が下された。事件当時、裁判員制度の導入を誰が想像しただろうか。
 実は部外者の国民が裁判に直接的にかかわる姿を、わたしたちはどこかで目にしたことがある(傍聴席のことではない)。それは海外モノの映画だ。『ニューオーリンズ・トライアル』という法廷モノの映画では、ライフルを製造する会社で起こった銃撃事件で、犠牲者となった主人公の妻の裁判をテーマにしている。原作は、ジョン・グリシャムの『陪審評決』で(こちらは喫煙によるガンをテーマにした裁判ネタだが)、これを映画化している。

 アメリカでの裁判員制度は国民にとって、少なくとも日本人よりは身近なものとして存在している。だからといって裁判員制度を当たり前として享受しているかというと、そうでもない。すでに日本でも制度導入に猛反発してデモが行われているように、極力選ばれたくないという人が多い。陪審員の候補者として選ばれたら、社会人のほとんどがその責務から逃れることはできない。日本に導入される決まりごとも、ほぼ同じとみて間違いないだろう。ちょっとまとめてみる。

東雲のきみは 5 終

 ホテルに帰る前に、郵便局に行ってスガノくんに電話をかけた。小包の届いた報告をしようという口実を作ったが、本当はそんなことはどうでもよかった。昨日会っていたような気安さで、おやすみ、だとかまたな、だとか言って欲しかった。母のように、兄のように、あの人のように。
 「ああ、届いたんだ、よかったな」
 受話器の向こうで聞きなれた声は言う。ありがとう、私は言う。
 「ずいぶんかかったみたいだけど、平気だったんかよ」
 「うん、なんとかね。ほかの旅行者に頼ったり」
 とっさに嘘をついた。私の言葉をさえぎって、スガノくんは思い出したように言う。
 「そうだ、おにいさん、帰ってたよ」
 「え?」
 ずらり一列に並んだ電話では各国の旅行者たちが受話器を握っており、飛び交うフランス語や英語から彼の言葉を抜き取るために、受話器に耳を痛いくらい押し付ける。
 「何て?」
 「友達に電話かけようとして、間違ってあんたんちかけちゃったんだよ、指が勝手にさ。そしたらおにいさんが出た」
 「それ、いつごろ」
 「一週間くらい前かな。あれ、帰ってるんですかって思わず言っちゃって」
 「それで」
 後ろの窓口で局員が数える紙幣の音も、天井にはりついたプロペラの音も耳障りに思えた。この電話だけ残してすべての回線がショートしてしまえばいいと願いながら受話器の声を待つ。
 「ああ、帰ってきてみたって言ってた。今度は下がいないよって、笑ってた。あの感じで。それだけ」
 あの感じとスガノくんが言うのは、ため息を漏らすような兄の笑い方のことだ。すぐ目の前で、かすかな息を漏らして兄が笑っているように思えた。
 「帰ってきてみたってことは、またすぐどこかに行っちゃうってこと?」
 「さあ、そこまではちょっと」
 スガノくんにしつこいくらい礼を言ってから、もう一度国際電話申し込みの列に並びなおし、自宅に電話をかけた。だれも出ず、呼び出し音が執拗に繰り返される。暗い廊下の突き当たり、古びた木製の上で鳴り続ける電話機が鮮やかに思い浮かんだ。それをじっと聞いている、食堂のテーブルやキッチンの調理器具たち。二十回コールを鳴らして諦め、私は郵便局をあとにした。


東雲のきみは 4

 私の名前が書かれた小包が届いたのは、二十日ほどたった日のことだった。端がつぶれ、泥がつき、ところどころへこんだ小さな段ボール箱が、ここにたどり着くまでにどうしてそれほど時間がかかったのかはまったくわからなかった。毎日顔を合わせていた郵便局の女は、小包を見つけて思わず声をあげた私を見、安心したように微笑んだ。
 快い重さの小包を手に郵便局を出、宿に帰るまで待ちきれずに石段に腰かけて蓋をあける。ニ、三冊の週刊誌と、厳重に包まれた封筒、瓶詰めの梅干、それと手紙が入っていた。乱暴にそれらの押し込められた小包はまるで待ちに待ったクリスマスプレゼントのようで、いったい何から手に取っていいのか放心してしばらくそれを見つめた。封筒の中に頼んでおいた無記名のトラベラーズチェックが入っていることを確認し、同封されていた手紙を見る。輪ゴムで束ねられた私宛ての手紙はダイレクトメールがほとんであったが、数枚ほどあった。蓋を開けた小包を膝に抱え、留守中我が家のポストでじっと息を潜めていた手紙に目を通していく。
 結婚しました、という写真入りの葉書があり、夏物のバーゲンセールのお知らせがあり、結婚相談所の案内書があり、よく行っていた美容院からカットの時期を教える葉書があり、芝居の案内があった。どれも私から等しく遠く、私のいない見慣れた場所で、結婚式やバーゲンセールや芝居が開催されていると思うと不思議だった。一番最後に兄からの葉書が一枚あった。いつもと同じように、元気でやっているとかなんとか、簡単に書かれている。田んぼで素っ裸の子どもが遊んでいる絵葉書だった。葉書に押されたスタンプは私の行ったことのない土地のものだった。私と同じように今どこかをさまよっている兄の葉書すらも、偽の小道具みたいに感じられた。額からこめかみへ一筋流れた汗を拭い、もう一度最初から手紙を眺めていく。
 ベッドに腰かけて小包を開けたり閉めたりし続け、夕方、一万円のチェックをもって両替に行った。一枚の紙切れは数枚ものしわだらけの紙幣と交換され、その束を手にしたとたん気持ちが華やいだ。思い切り散財したくなった。いつもはその甲高い鳴き声で私を苛立たせるサジタの鳥も、かわいらしくさえ思え、籠に顔をつけて鳴き声を真似てみる。この原色の鳥にサジタはトーくんと名前をつけ、しかし一向に慣れず、言葉をしゃべる兆しも見えないのに毎日話し続け、パンくずをまいてやっている。名前を呼びかけると鳥籠の隅に避難し、パンくずの中にじっとうずくまる。

東雲のきみは 3

 目覚めるとサジタはいなかった。部屋の片隅にロープがはられており、見慣れないTシャツやらボクサーブリーフやらが干されている。しっかり絞りきれていないそれらは水滴を床に落としていた。二人で一部屋を借りるのは案外楽なのかもしれないとおもいながら、便箋をテープでつなぎあわせる。「お金をなくしました。一銭も持っていません」そこまで書き、少し考えてから「住所を教えてくださればあとできっとお返しします。いくらかでも貸してください」とつけたした。そうつけたさずにはいられない中途半端な良心とプライドに苦笑した。今日郵便局に行き、小包が届いていなければ、日本企業のビルの前で立つつもりでいた。そして小包は届かなかった。
 街の中心街から小一時間歩くと、近代的なビルが数軒建つ一角がある。そのあたりの路地はバイクも通らず、敷地内には高級車が並んでいる。看板には日本で見慣れたいくつかの社名が並び、どのビルの前にも警備員の個室がある。大きな木の根元を選び、腰を下ろして紙を広げた。ビルからはだれも出てこず、天秤棒をかついだ女がときおり通りかかって、木陰に坐る私をちらりと見て通り過ぎていった。内臓が腐り始めるのではないかと思うほど暑かった。Tシャツが腋の部分から徐々に湿っていく。太陽をぎらぎらと反射させる背の高いビルを見上げ、背後を見渡す。道路を隔てた反対側には店が並び、日本語の看板を提げた店が数軒った。暑さをまぎらわせるために店名を口のなかで読み上げていく。さくらとうきょう、親子丼、冷やしそば、ランチメニュウ、ラーメン、……読める文字を探していただけなのに、私の目は次第に食べ物ばかりを追っていて、気がつくと口の中は唾液で満ちている。

 天秤棒をかついだ女が通り過ぎようとして足を止め、近づいてくる。三十なかばくらいだろうか、藁の帽子を目深にかぶり、白い歯を口元からのぞかせてしきりになにか言いながら籠のなかを見せる。天秤につられた籠の中には、白い卵がぎっしり入っていた。女の歯のようにきれいに並んだ卵の表面は、すべすべと美しく、唾を飲み下す音が自分の耳に届いた。女は私の前にしゃがみこみ、食べろ、買え、としぐさで言う。表情の豊かな女だった。陽に妬けた顔いっぱいに笑顔を見せたり、唇をとがらせてすねた表情をつくって見せたり、瞬時に変わるそれらはしかしあどけなく、まだ若いのかもしれないと思う。お金を持っていないのだと首を振るのにもかまわず、女は籠の中から卵を一つ一つ取り出し、朝方の鳥に似た調子でしゃべりまくる。まるでいやがらせのためにわざとそうしているのではないかと曲解してしまうほど執拗に、女は卵を見せびらかす。全部のポケットを裏返して見せ、面倒くさいので日本語でお金がないと繰り返した。ようやく納得したらしく、彼女は大事そうに卵を籠にしまっていく。立ち去るかと思ったが、彼女は私の隣にゆるゆると腰を下ろし、額の汗を拭い笑いかける。私も愛想笑いを浮かべた。休憩のつもりなのか、女は天秤棒を傍に下ろし、紙袋から笹の葉にくるんだものを取り出して食べはじめる。横目で眺めると女が食べているのは握り飯に似たものだった。ふたたび口の中に唾液がたまり、女に聞こえないようにそれを飲み込んだ。


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