忍者ブログ

ALTEREGO

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


memo

 「彼女が死んだ日、すべての手続きを終えてから、私たちは病院の地下にある大きなレストランに行ったの。思いっきり食べようって父が一言言った。茸ソースのオムレツ、帆立のスープ、甘海老のサラダ、牛肉のパイ皮包み、鱈のポワレ、鴨のパテ。私たち散々食べつくしたの。母がいなくなったことはものすごく悲しかったけれど、もうお財布の中身を気にしながら駅前のパン屋で立ち止まらなくてもいい、お湯も電気もじゃんじゃん使える、電話もかけられる。足を棒にしながら汚れた皿を洗わなくていい、クラスメイトが帰りに何か食べようと言ってもうんと言える。そんなことは確かに私たちをほっとさせたのよ」

 「でもちょっと右手のナイフを止めて立ち止まると、それってものすごくひどいじゃない、母が死んだのに安心してるだなんて。そうやって立ち止まるともうだめなの。もう手を動かせなくなるの。コーヒー牛乳みたいな色をした大量の血や、膨れ上がって黄疸だらけの腕や、あの甘酸っぱい独特の匂い、点滴の後の紫色の点々……それらが子供の持った水鉄砲のように飛び出してきて、もう食べられなくなる。『手を休めちゃいけない』と父は言ったわ。『思い出すことは他にもある』って。たぶん父はこんなときが来るのを予想していて、九階の九〇三号室で数少ない美しいものを探していたんだと思う。たとえばしみひとつないシーツや、シーツの上にできる変な形の日だまりや、開かない窓の外の緑や、母の足の爪、母の気に入りだったまぐかっぷの優しい色合。毎日毎日確かめるようにそういう一つ一つを探し、見つめ、心を静めてきた。それはきっと訓練だったの。いつか今日のことを思い出す日が来るだろう、いつか自分は後に残りそういうすべてを受け取らなくてはならない日が来るだろう、そのときすべてを休止しないために……条件反射でこれらを思い出せるように……頭の中に引き出しを二つ作るわけね。父はひとつの引き出しに、母の爪の形や白いシーツやマグカップなんかを詰め込んだのよ。そのとき私と妹は、テーブルの上に並んだ料理すべてを平らげるために、父に習って必死にもうひとつ引き出しを作ったの」

 「でもね引き出しはもうひとつあったのよ。それから保険金だの何だので、一時と比べたら信じられないくらいお金が来て……心配性の母は若いころから自分で幾つも保険に入ってたらしいの。寝耳に水どころか寝耳に洪水よ。そうして働く必要が何一つなくなったとき、みんなふっと、それぞれもうひとつの引き出しがあったことに気がついたの。それはね『ひとけのない九〇三号室に立っている、おかしくなった自分』なの。もしかしたらこの人はもう生きていたくないんじゃないか、苦しいだけなんじゃないか、こんな暮らしはいつまで続くのか……理由はなんであれみんな、一度は母を死なせてあげようと思ってきたのよ。自らの手で母を殺そうと。そして母のかわりにやってきたのが莫大な金。私たちね、もちろん暗黙の了解のうちで、三人で力をあわせて、きしむ引き出しを、いち、にの、さんでパン! と閉めたのよ。母にかかわる引き出しを全部ね」

 「私はテニスとバスケットボールをやっています。バスケットボールのチームは患者(というのは嫌な言葉ですが仕方ありませんね)とスタッフが入り混じって構成されています。でもゲームに熱中しているうちに私には誰が患者で誰がスタッフなのかがだんだんわからなくなってきます。これはなんだか変なものです。変な話だけれど、ゲームをしながらまわりを見ていると誰も彼も同じくらい歪んでいるように見えちゃうのです」

 「ある日私の担当医にそのことを言うと、君の感じていることはある意味では正しいのだと言われました。彼は私たちがここにいるのはその歪みを矯正するためではなく、その歪みに慣れるためなのだといいます。私たちの問題点のひとつはその歪みを認めて受け入れることができないというところにあるのだ、と。人間一人ひとりが歩き方にくせがあるように、感じ方や考え方やものの見方にもくせはあるし、それはなおそうと思っても急になおるものではないし、無理になおそうとすると他のところがおかしくなってしまうことになるんだそうです。もちろんこれはすごく単純化した説明だし、そういうのは私たちの抱えている問題のあるひとつの部分にすぎないわけですが、それでも彼の言わんとすることは私にもなんとなくわかります。私たちはたしかに自分の歪みにうまく順応しきれないでいるのかもしれません。だからその歪みが引き起こす現実的な痛みや苦しみをうまく自分の中に位置づけることができなくて、そしてそういうものから遠ざかるためにここに入っているわけです。ここにいる限り私たちは他人を苦しめなくてすむし、他人から苦しめられなくてすみます。なぜなら私たちはみんな自分たちが『歪んでいる』ことを知っているからです。そこが外部世界とはまったく違っているところです。外の世界では多くの人は自分の歪みを意識せずに暮らしています。でも私たちのこの小さな世界では歪みこそが前庭条件なのです。私たちはインディアンが頭にその部族をあらわす羽根をつけるように、歪みを身につけています」

 「僕は奇妙に非現実的な月の光に照らされた道を辿って雑木林の中に入り、あてもなく歩を運んだ。そんな月の光の下ではいろんな物音が不思議な響き方をした。僕の足音はまるで海底を歩いている人の足音のように、どこかまったく別の方向から鈍く響いて聞こえてきた。時折うしろの方でかさっという小さな乾いた音がした。夜の動物たちが息を殺してじっと僕が立ち去るのを待っているような、そんな重苦しさが林の中に漂っていた。雑木林を抜け小高くなった丘の斜面に腰を下ろして、僕は彼女の住んでいる棟の方を眺めた。彼女の部屋をみつけるのは簡単だった。灯のともっていない窓の中から奥のほうで小さな光が仄かに揺れているものを探せばよかったのだ。僕は身動きひとつせずにその小さな光をいつまでも眺めていた。その光を両手で覆ってしっかりと守ってやりたかった。僕はジェイ・ギャツビイが対岸の小さな光を毎夜見守っていたのと同じように、その仄かな揺れる灯を長い間見つめていた」
PR

わかりやすく

 「わかりやすく書く」ということはもう、いまさらと思う人は多いと思うけれども、行動に移すとなるとなかなか難題でもある。たいていの文章読本は、「平明」「平易」を強調し、「達意」が大切だと説いている。
 このことだけはどうしても相手にわかってもらいたい。その一途な思いがあるからこそ、文章に命が吹き込まれるのだ。あなたの思い、あなたの考えを間違いなく伝えること、それは文章の基本中の基本。
 さまざまな文章技術が役に立つ。が、それを超えて大切なのは「これだけは何としてもあなたの胸に刻みたい」という切なる思いだ。
 英語の不得手のおじさんがニュージーランドの牧場にホームステイをした。このおじさんは農家の人だった。稲作と農家では、経営の形態は違うが通ずるところもあったのだろう。何日間かを過ごして、別れるとき、おじさんは「パラダイス、パラダイス」といって泣き、見送る側と固い握手をしたという話を聞いた。どうしてもわかってもらいたいという思いは、こういう形でも通ずるのだ。伝えたい切なる思いさえあれば、英文法なんかは二の次なのだろう。(……例外もあるだろう。だから人は懸命に対処しても人間関係にこじれが生じるのだから)

 残念ながら、私たちのまわりには「なにを読み手の心に届けようとしているのか」がさっぱりわからない文章が少なくない。たまたま目にしたお役所の文章をあげてみる。
 「地域づくり支援室では、四局、一丁の職員と外部専門家が連携して、人づくりを通じた地域づくりの推進のための新たな支援策の企画、立案、地方公共団体等からの相談への対応や要望などの把握、専門家の派遣、関係機関との仲介支援、取組の全国への普及等を行い、教育関連の総合的な支援体制の設備を図ることにしています」
 失礼ながら、これを書いた人には「このことはなんとしても伝えたい」という深い思いがあったのだろうか。「人づくりを通じた地域づくり」とはなんだろう。神様じゃあるまいし、人や地域をそんなにも簡単につくれるものなのだろうか。揚げ足とりだといわれるかもしれないが、わたしがいいたいのは「地域づくり」「人づくり」という安易な言葉に寄りかかるなということだ。そういう決まり文句を言わずに、読む人が「あ、そういうことなのか」と合点できるような文章を書いて欲しいのだ。
 わかりにくい文章を書いてしまう。難解な文章を書いてしまう。そこには、さまざまな自意識があるだろう。「どこからも文句のでないような、ソツのない文章を書く」「こんなに難解なこともわかっているんだと誇示したい」「わたしの考え方の深さは、容易にはわかるまい。わからなくていいのだ」などの思いがアタマをもたげると、文章はへんに歪んでいく。それは文章だけでなく、演説だってそうなのだ。

 浅田次郎も、「わかりやすさ」を大切にしている人だ。
 「いい文章はわかりやすい。古今東西、名文とわれるものにわかりづらい文章など、ひとつもないのである」
 「さりとて、改まって文章を書こうとすれば、誰しもふと衒いが頭をもたげ、ともすると意思伝達どころか過大な自己表現になってしまう。あるいは、何とかわからせようと思うあまり修飾過剰となり、かえってわけのわからぬ文章になる。世に悪文といわれるものは、だいたいこの二通りである」

正確に

 間違い探し。

 ①汚名を挽回したい。②風下にも置けぬやつだ。③怒り心頭に発した。④李下に冠を正すの心構えが必要だ。⑤犯罪を犯す。⑥喧々諤々。⑦二の舞を演じる。⑧この映画は期待倒れだった。⑨将棋を打つ。⑩公園で大の字になって居眠りした。

 不正確な文章を生む要因のなかで、とくに怖いのは、先入観、固定観念、思い込み、偏見などによる間違い。たとえば「あのテレビドラマは、視聴率三十%を越えた。すばらしい作品を作れば、視聴率を稼げる」という文章があったとすれば、これは正確ではないのだ。
 高視聴率=内容のすばらしい作品、という先入観が根強いから、わたしたちは無造作に「あの作品は高視聴率だった。いい作品だったよ」といってしまう。
 この場合の「いい」は内容がすぐれているということよりも、おおいに大衆受けしましたという評価。多くの人気俳優が出ていたとか、同じ時間帯に強力な番組が少なかったとか、もろもろの要因があって視聴率が高くなる場合がある(むろん、視聴率が高くて、しかも内容もすばらしいという作品もある)。
 テレビドラマという「文化」と、視聴率をかせぐ「商品」とのはざまで、テレビにかかわる人たちは苦闘する。ドラマの評価を数値化するのはきわめてむずかしい。
 これに似た先入観は、わたしたちの暮らしのなかにいくつも巣食っている。文章を書くということは自分のなかの思い込み、偏見をあばくことでもある。思い込みや偏見をあばき、ひたすら正確な文章を書くのには大変なことだ。

 「見ばえ」の問題がある。「あの林檎は大きくて、真っ赤でピカピカに光っているからおいしい」という文章を書いたとする。これは正解だろうか。小さくて、表面に虫食いのあとがあっても、お尻に青いところがあっても、ほどよい酸味があり、果汁が多く、味に気品があるものがある。
 わたしたちは本質のよさ、悪さよりも見ばえにこだわる傾向がある。構造がしっかりしているかどうかよりも、見ばえのいい家にひかれたりする。どれがおいしい野菜か、どれが丈夫な家かを見極める眼力、それは、ものの本質を正確にとらえる目。

 地元大手本屋に立ち寄った際、中学入試の問題集をパラリとめくっていたら、高田敏子の詩が対象になっていた。
 昔は息子が家にいて、たくさんの動物がいて、買い物も大変だった。しかしいまは、買い物の荷物がすっかり軽くなった、という詩だ。主婦であり、母である女性の思いが歌われている。
 「小鳥がいて/黒猫の親子がいて/庭には犬がいて/夕方の買い物は/小鳥のための青菜と/猫のための小鯵と/犬のための肉と/それに/カレーライスを三杯もおかわりする息子もいた/あのころの買い物袋の重かったこと」
 「いまは 籠も持たずに表通りに出て/パン一斤を求めて帰って来たりする」
 「みんな時の向こうに流れ去ったのだ/パン一斤の軽さをかかえて/夕日の赤さに見とれている」
 このなかの初文最後「重かったこと」に傍線がある。そこのところは次のどれを表しているかというのが設問。

 ア=充実感  イ=疲労感  ウ=使命感  エ=責任感

 たぶん「充実感」に○をつける人が多いはず。このことに異存はない。では「責任感」はどうか。飼っている生き物に、飼い主は責任をもつ、という社会通念がある。飼い主に見放されて殺される犬や猫は日本国内で、年間約四十万匹弱いるそうだ。「飼い主の責任」が話題になることもある。「充実感」のほかに「責任感」に○をつける子がいたとしても、それを間違いだときめつけられるのか。
 「疲労感」はどうだろう。日々、たくさんの買い物をする。ほかにも、掃除、洗濯、料理、雑用がある。「疲労感」に襲われるお母さんもいるだろう。「疲れた」といっている母親の言葉を聞いている子もいるだろう。小さな〇をつけさせてあげたい。でも、試験の答案に小さな○というものはない。○か×かどちらかにしなさいといわれれば、心の複雑な動きを思いやるのが国語学習のたのしさではないかと反問したい。わたしは小さい頃、国語ドリルの解答説明にうんざりしていた。
 人の心は○か×かで簡単にきめつけられるものではなくて、むしろきめつけられないところに人の複雑さ、おもしろさがあると信じている。この出題の場合は、「充実感」だけを正解にするならば、結果的に「責任感」や「疲労感」は×になる。むろん、「使命感」だってありえただろう。大切な者たちへ食を提供するという使命感は、人間にとって役割であり、生き甲斐にもなる。それは己への戒めというよりも、自他共に意識しあえる存在意義につながるのだ。
 「疲れたよ」といいながら自分の手で肩を叩いている母親の姿を思いながら「疲労感」にも○をつけた子がいた場合、それは×なのか。「飼っている犬や猫に責任を持とう」という話を聞いた子が「責任感」にも○をつけた場合、それもやはり×なのか。
 恐ろしいのは、こういう形の問題と解答に慣れてくると、○でないものは×、というきめつけ方が当たり前になってくるのではないだろうか。四つの選択肢のうち正解はただ一つという学習に慣れてくると、人間の心はさまざまな思いがまじりあっているという大切なことが見えなくなってしまうのではないだろうか。お母さんの心にあるのは「充実感」だけあって、お母さんには「疲労感」や「責任感」や「使命感」はない、と思うことが「正解」になってしまうとすれば、これははたして正しい認識だろうか。

 冒頭の解答
 ①、× 汚名は挽回じゃなくて、返上するもの。
 ②、× 風上に置けぬやつ
 ③、○
 ④、× 「李下に冠を正さずの心構えが必要だ」 -スモモの実がたくさんなっている木の下で冠を正そうと思って手をあげると、実をとろうとする動作だと疑われる恐れがあるから、そういう行動は慎めという教え。
 ⑤、× 犯罪を犯すは、「犯す」のダブリ。
 ⑥、× 官々諤々、喧々囂々とはいうが、喧々諤々とはいわない。
 ⑦、○
 ⑧、× 期待外れ。
 ⑨、× 碁を打つとはいうが、将棋を打つとはいわない。将棋はさす。
 ⑩、× 居眠りとは、横にならず、座ったまま眠ることをいう。したがって、大の字になって居眠り、はおかしい。

小さな発見

 向田邦子は、「神は細部に宿りたもう」という言葉を自分でもエッセイに引用しているが、細密なことに目を止め、それを描くことで、人生そのもの、世間そのものを描いてしまうという手法にすぐれた人だった。
 日々の暮らしのなかからなにか小さなことを発見し、「へえ、なるほどなあ」と感心し、おもしろがり、そのことを文章にする。そんな習性が体にしみこんでいた人のようだ。たとえば、スキー場の山小屋で会った犬の目のことを書いている。
 劇的なことはない。ただ、その犬が食事中の泊まり客のそばで、真剣な目で肉の切れ端をせがむというだけの話だが、氏の筆にかかると、このできごとが、みごとな情景描写をともなって、心に残る話になる。
 その雑種犬は、ブタ汁の碗を手にした氏のそばに来て、のどをごくりと言わせながらすり寄ってくる。
 「もうやろうかな、と思いました。でも私は、我慢してもう少し噛んでみました。彼は体のやわらかく私のひざにもたせかけるようにして、もう一度クウとのどをならしました。その真っ黒い目は、必死に訴えていました。私は遂に負けて、肉を吐き出しました。こうして、私は三個ばかりの肉をみんな、彼にとられてしまいました」
 結びはこうなる。
 「生きるために全身全霊をこめて一片の肉をねらい、誰に習ったわけでもないのに全身で名演技をみせたあの犬の目を、私はときどき思い出して、いま私は、あれほど真剣に生きているかな、と反省したりしているのです」
 山小屋で、犬の目を見たとき「これは書ける」と思ったかどうかは知らない。しかし少なくとも、その犬の、必死に訴える黒い目を見ているうちに、ひらめくものがあったのだろう。「小さな発見」だ。その目が語りかけるものを、しさいに観察し、その様子を胸のポケットにきちんとしまいこんだことは確かだ。
 「ゆでたまご」という作品がある。四百字の原稿で三枚ほどの短いものだが、氏は「愛のかたち」をみごとにとらえている。
 小学校の同級生に片足の悪い女の子がいた。その子は片目も不自由だった。遠足のとき、級長だった少女・邦子のもとに、その子のお母さんが風呂敷包みをさしだすのだ。「これみんなで」と小声で繰り返しながら押し付けていった。ねずみ色の汚れた風呂敷だった。なかに、古新聞に包まれた大量のゆでたまごがあった。足の悪い自分の子は、遠足の道すがら、さぞみんなに迷惑をかけることだろう。「お世話になります」という気持ちのこもったゆでたまごだったのだ。そういう母親の姿を、小学生の邦子はしかと見つめている。
 同じ子が運動会で走る。残念ながら一人だけ取り残される。その子が走るのをやめようとしたとき、女の先生が飛び出し、一緒に走り出したのだ。やっとゴールインした子を抱きかかえるようにして校長のいる天幕のところに連れていってやる。ほうびの鉛筆が手渡される。その光景を、少女・邦子はやはりしかと見守っていた。
 才能にあふれたシナリオライターは、日々、心のポケットに、その日の「小さな発見」をしまいこみ、それらを大切に貯めていたのだろう。生活の瑣事に強い好奇心をもち、瑣事のなかに人生の宝物をみつけることの天才だった。
 その底にあるのは、本質を見る目の深さだ。遠くを見る力を持った人がいる。野球選手のイチローのように、動体視力に秀でた人もいる。向田邦子のように、ものごとの本質を深いところでとらえる視力のことをなんといったらいいのか、作家や詩人には、そういう深い洞察視力をもった人が多いようだ。
 文章を書くうえで、この洞察視力は大事だと思うし、この視力は、きたえればきたえるほど強まってゆくものだと思うが。

現場感覚

 現場の空気がただよう文章を、現場感のある文章と私は勝手に言っている。
 江國香織の作品には、現場感がある。かなり淡々とした筆致で、鋭く、こまやかに現場の個性を描いている。たとえばニューヨークについて、氏は書く。
 「真夏のあの街の、溢れる日ざし、豊かな緑。空気の粒の一つ一つが、びっくりするほどいきいきしている。大通りでは、果物をミキサーにかけてそのまま凍らせたようなアイスキャンディを売っていて、西瓜のそれには砕けた種まで入っている」
 「真冬のあの街の、かわいた空気、幸福な急ぎ足。たくさんのあかり、コート、贈り物の包み、クリスマスソング。あたたかでみちたりた夜。愛という言葉がうさんくさくならないのが、真冬のあの街の底力だと思う」
 ここには、ニューヨークという巨大都市のひとつの断面がある。
 「果物をミキサーにかけて~~」の存在は、まさに現場。「西瓜のそれには砕けた種まで~~」というところには、現場感がある。
 「幸福ないそぎ足」というのも現場。ニューヨークは「皮膚で好きになった街」だと彼女は書いてるが、街の音、街の匂い、街の気配、街の勢い、といったものがまじりあって創られている画面から、どういう具体的な事物を引き出すか、それが現場感覚の勝負どころだ。
 たとえばまた、彼女の作品に、主人公がミラノの四階建てのアパートを訪ねる描写がある。
 「建物に一歩入ると温度が三度くらいさがる気がする。日陰のような、土の中のような、掘りたての野菜のような、独特の匂い。頑丈な二重扉がついていて、上下するたびに、なにかが壊れたのではないかと心配になるくらい大きな音をたてるのろまのエレベーター。
 フェデリカに会うのは去年のクリスマス以来だ。
 金属のドアがあくと同時に干した果物の匂いが流れてくる。壁いっぱいに吊るしてあるのだ。レモンやオレンジの皮、シナモン、丁字」
 このわずかな描写のなかで、匂い、温度、エレベーターの恐ろしげな音を書いている。感覚が解放されている。

 『沈黙の春』を書いたレイチェル・カーソンは、その著『センス・オブ・ワンダー』のなかで、アメリカ・メイン州の別荘で見た「夜の海」のことを書いている。
 「夜更けに、明かりを消した真っ暗な居間の大きな見晴らし窓から、ロジャー(幼い甥)といっしょに満月が沈んでいくのをながめたこともありました。
 月はゆっくりと湾のむこうにかたむいてゆき、海はいちめん銀色の炎に包まれました。その炎が、海岸の岩に埋まっている雲母のかけらを照らすと、無数のダイヤモンドをちりばめたような光景があらわれました」
 「このようにして、毎年、毎年、幼い心に焼き付けられてゆくすばらしい光景の記憶は、彼が失った睡眠時間をおぎなってあまりあるはるかにたいせつな影響を、彼の人間性にあたえているはずだとわたしたちは感じていました」
 そうなのだ。「夜の海」という現場に身を置くことは、はかりしてない大切なものを幼い心に焼き付けてくれるのだ。
 満月が沈む。無限大の彼方からひとすじ、銀の帯が押し寄せてくる。「いちめん銀色の炎」である。文章を読んで、読み手の心は現場、つまりメイン州の真っ暗な海辺の別荘地にはげしく吸い寄せられる。
 カーソンは幼い甥を連れて雨の森にもゆく。
 「スポンジのように雨を充分に吸い込んだトナカイゴケは、厚みがあり、弾力に富んでいます。ロジャーは大喜びで、まるまるとしたひざをついてその感触を楽しみ、あちらからこちらへと走り回り、ふかふかした苔のじゅうたんに叫び声をあげて飛び込んだのです」
 カーソンは幼い子に教えることをせず、自分自身が、自然の神秘に驚きの声をあげる。心底からの驚きが幼い子の驚きを呼び起こすということを知っているからだろう。
 大人に驚きのこころがなくては、子どもに驚きのたのしさを味わわせてやることはできない。

 一転して、次は戦時下のベトナムを舞台にした文章。
 作家、開高健は『輝ける闇』で公開死刑の情景を描いている。処刑されたのは、土に汚れたはだしで立つベトナムの少年だった。ベトコンに協力していた、という理由で銃殺刑になるのだ。
 「一〇人の憲兵の一〇のカービン銃が一人の子供を射った。子供は膝を崩した。胸、腹、腿にいくつもの小さな、黒い穴があいた。それぞれの穴からゆっくりと鮮血が流れだし、細い糸のような川となって腿を侵し、舗石へしたたった。少年はうなだれたまま声なく首を右に、左に、ゆっくりとふった。将校が近づいて回転式拳銃をぬき、こめかみに一発撃ちこんだ。血が右のこめかみからほとばしった。少年は崩れ落ち、柱から縄で吊るされ、うごかなくなった。頬と首が真紅の血に浸り、血は長い糸をひいて鼻の頭から錘のように舗石へ堕ちていった」
 「私」の目は、処刑の一部始終を冷静に見詰めているだけでなく、見物にきた少女たちの、一見、はしゃいでいるような姿を描き、さらに、処刑前、うどんを食べたり、ジュースを飲んだりしながら待つ群衆の姿をとらえている。
 作品のなかの「私」は、処刑を見たあと、膝がふるえ、胃がよじれ、もだえ、嘔気がこみあげる。翌日また、少年の処刑がある。そして、二回目の処刑を見た「私」は、「汗もかかず、ふるえもせず、吐き気も催さなかった」。それが人間の常なのかどうか。こういう変化は、二度、処刑の現場に立ち会ってはじめて書けるものなのか。
 氏はベトナムの現場で石炭酸の匂いを書き、なにやら得体のしれぬものの腐臭を書き、処刑終了のラッパの呻きを書き、自分の手足のふるえを克明に書いている。人間の恐ろしさ、人間の弱さ、人間のいい加減さ、人間のむごさ、人間の業、人間のどうしようもないおろかさ、そういうものを氏はひたすら見すえている。自分もまた、そのおろかな人間の一人であるといういらだたしい思いを持て余しながら戦争の現場を書いている。

 現場を書く上で大切なこと。
 ①視覚だけではなく、嗅覚、聴覚、触覚、味覚など全感覚を鋭くはたらかせて書く。
 ②現場での「驚き」が伝わってくるような文章を書きたい。ただ、その思いが強すぎて、過大な表現になってはいけない。
 ③細密な描写を心がける。開高健の処刑の描写はあまりにも細密で目をそむけたくなるが、それこそが戦争の現場。
 ④現場では、人の見ないものを見る努力をすること。


12 2026/01 02
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
(12/10)
(08/13)
ANN
(05/19)
(04/04)
(01/05)
(01/03)
(12/24)
(10/20)
(10/09)
(08/21)
<<前のページ  | HOME |  次のページ>>
Copyright ©  -- ALTEREGO --  All Rights Reserved
Designed by CriCri / Photo by Melonenmann / Powered by [PR]
/ 忍者ブログ