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memo

 ・これでワリカンだったら承知しねえからな、という目つきで男共を睨んでいると、彼らは調子良く自己紹介を始め、私たちも渋々名前と職業だけをポツリポツリと紹介した。一応、私もOLという事にしておいた。まあ、このレベルの低さじゃ、キャバ嬢だといって引かせても良かったかもしれないけど。別に顔の悪さだけだったら、大した問題じゃない。毎日の客で慣れてる。だけど、この話のだるさは一体どうした事か。センスのないネクタイといい、センスのない話といい、センスのない下ネタといい、お前らは一体誰にセンス泥棒されたんだよ、って感じ。あ、生まれつきだったらごめんなさい。みたいな。隣に座った男の息が臭かったから、乾杯の後すぐに席を立って、並んで座っているナツコの同僚二人の間に割り込んだ。
 「くそ、あいつは家畜かよ」―家畜―

 ・メス豚と言われようが、ヤリマンだと言われようが、メス犬だと言われようが、ファッキンと言われようが、中指をたてられようが、私はそれに心を動かされることはなかった。死んじまえと言われ、馬乗りで殴られた時ですら、私はひとつも抵抗しなかった。それなのに今日の私の乱れようといったら、まるでテロに遭ったアメリカ人のようではないか。ヒステリックな人間が、私は大嫌いだ。~~~ナナさんはヨロヨロと立ち上がり、ペン立てに入っていたハサミを持って、私に掴みかかった。~~~映画のようだ~~~ブチブチ、という音が聞こえた気がした。ブチブチって、刺されちゃったよ。結婚した次の日に、刺されちゃったよ。結婚記念日がババアに刺された記念日の一日前だなんて、ちょっと面白すぎだよ。もう一度、ブス、と刺された。ブスはお前だ。そう呟いたけど、ちゃんと声になっていたかどうかわからない。あんたなんかに殺されてたまるか。私は村野さんに殺されるために生まれてきたんだ。あんたみたいなクソマンコに殺される筋合いは、これっぽっちもない。~~~~ああ、すまなかったね。悪かったよ。私は彼に殺されないとならないの。あんたに命をくれてやるのが嫌なんじゃない。彼以外の人に殺されるのが嫌なんだ。

 ・入院、した方がいいねえ。と、ヤブ医者は言ったけど、マネが事を荒立てたくないらしく、大きな病院への転院を渋った。仕方なく、私は太股を刺した時に行った中堅病院の個室に入院した。あの時と同じ医者は、私の傷を見るとうんざりだ、とでも言いたげな顔をした。「また、自分でやったの?」「今回は、事件です」「事故、ではなくて?」「事件です」「ものは相談なんですけどね、縫合していいですか?」「ゴタゴタ言ってねーで早く縫えよバカ野郎」「あ、いいの?」「私は布だし、お前はミシンだろうが」―お前はミシンだろうが―

 ・彼はいくつかの相反する特質をきわめて極端なかたちであわせ持った男だった。彼は時として僕でさえ感動してしまいそうなくらい優しく、それと同時におそろしく底意地がわるかった。びっくりするほど高貴な精神を持ち合わせていると同時に、どうしようもない俗物だった。人々を率いて楽天的にどんどん前に進んで行きながら、その心は孤独に陰鬱な泥沼の底でのたうっていた。僕はそういう彼の中の背反性を最初からはっきりと感じ取っていたし、他の人々にどうしてそういう彼の面が見えないのかさっぱり理解できなかった。この男はこの男なりの地獄を抱えて生きているのだ。―背反性―

 ・家の中はうすぼんやりと暗かった。土間から上がったところは簡単な応接室のようになっていて、ソファー・セットが置いてあった。それほど広くはない部屋で、窓からは一昔前のポーランド映画みたいな薄暗い光がさしこんでいた。左手には倉庫のような物置のようなスペースがあり、便所のドアも見えた。右手の急な階段を用心深く上っていくと二階に出た。二階は一階に比べると格段に明るかったので僕は少なからずホッとした。―ポーランド映画―

 ・東京について寮に入り新しい生活を始めたとき、僕のやるべきことはひとつしかなかった。あらゆる物事を深刻に考えすぎないようにすること、あらゆる物事と自分のあいだにしかるべき距離を置くこと、それだけだった。~~~はじめのうちはそれでうまく行きそうに見えた。しかしどれだけ忘れてしまおうとしても、僕の中には何かぼんやりとした空気のかたまりのようなものが残った。そして時が経つにつれてそのかたまりははっきりとした単純な形をとりはじめた。僕はそのかたちを言葉に置き換えることができる。それはこういうことだった。死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。言葉にしてしまうと平凡だが、そのときの僕はそれを言葉としてではなく、ひとつの空気のかたまりとして身の内に感じたのだ。~~~そしてわれわれはそれをまるで細かいちりみたいに肺の中に吸い込みながら生きているのだ。

 ・しかし彼の死んだ夜を境にして、僕にはもうそんな風に単純に死を(そして生を)捉えることはできなくなってしまった。死は生の対極存在なんかではない。~~~あの十七歳の五月の夜に彼を捉えた死は、そのとき同時に僕を捕らえてもいたからだ。僕はそんな空気のかたまりを身の内に感じながら十八歳の春を送っていた。でもそれと同時に深刻になるまいとも努力していた。深刻になることは必ずしも真実に近づくことと同義ではないと僕はうすうす感じ取っていたからだ。~~~限りのない堂々巡りをつづけていた。それは今にして思えばたしかに奇妙な日々だった。生の真っ只中で、何もかもが死を中心にして回転していたのだ。―回転―

 ・「馬鹿な看護婦がいてね、そうやって綱の上を歩いてる哀れな父子三人を呼び止めて言うのよ。『お母様がどんなご病気か知ってらっしゃるんでしょう。だったらもっと来てあげて下さい』って。新米看護婦が目を血走らせて、初めて泥棒捕まえたポリ公みたいに、情や正義感を全身にみなぎらせて、私たちを睨みつけるのよ。病院へ来ないで父が若い子といちゃついてるっていうの? 私がB・Fはべらせてクラブのお立ち台でノッてると思うわけ? でもその時は誰も口を開く元気さえなくて、三人で顔を見合わせて苦笑したの。まるで『死んでいく人間なんてどうでもいいんですよ』って言うみたいに」

 ・「ミニスカートの制服きてメニュウ持って笑顔振りまいて習ったとおりの台詞言って、二番が二人連れで十一番が五人子ども含むなんてやって一時間八百円。何にも意味がないの。一時間で八百円稼いでも母は瞼さえ開かないし、時折開いたって私の顔なんてわかりゃしないんだから。でもね動かない母よりもっと怖かったのはお金よ。それまでわりと普通の家庭で、私も妹も物質的には案外恵まれてきたほうなの。それがいきなり何もなくなっちゃうのよ。上履きに穴が開きました、お金頂戴って言えないのよ。でも特別必要なものなんか何ひとつなかったけど、気が狂うほどお金が使いたかった。何の価値もない偽者のアクセサリーや、骨董品やずらりと並んだ食器や、読めもしない哲学の本、きれいな色の帯留からラッピングペーパーからいい香りのポプリ~~

 ・「何から何まで眺めて一つ一つを手にとって値段を確かめるの。ありとあらゆる値段をあんまり見すぎて、小さな紙に書き込まれている金額がもうただの数字にしか見えないの。八万五千九百円のワンピースなら八、五、九。私はその数字を見て心の中で、一生懸命お金の価値を思い出そうとするのよ。このワンピースは私が何百時間働かないと手に入らないんだなってね。~~~そうして歩いていくうちだんだん、自分の中で物欲が形づいていくのが分かる。何に対しての物欲か、それはまるで分からなかった。はっきりとこれがどうしてもほしいっていう品物はないの。ただ、何かがどうしてもほしいって気持ちがむくむくと現れてきて、次第に渦巻きながら心の中で大きな石になるの。その石が始末できなくて、献金袋を盗んでみたのよ。毎日の礼拝で献金袋集めるの。集める係りが出席番号順に回ってきて、私自分の番号が来る日をどきどきしながら待ったわ。賛美歌歌いながら献金袋集めて、その後すぐ感謝の祈りでしょ。その時みんな目をつぶるから、こっそり袋を摩り替えたの。その日、いくらでもないんだけどさ、そのお金を持ってデパートを一階から順に見て回ったの。でも何一つ買いたくなかった。ただ焦りにも似た物欲がころころ胸の中で転がってるだけ。―物欲―

 ・みんな疲れすぎたのよ、きっと。そうやって皆が疲れて変になっていくのに比例して、母はどんどん壊れていったの。濡れた傘みたいに痩せたと思ったら薬の副作用で今度はぶくぶくに膨れ上がっちゃって、何か伝えるために文字盤が用意されてるんだけど、もう腕が持ち上がらないの。そのうち鼻にも口にも妙な管突っ込まれて、点滴の数もどんどん増えた。それでね、最後は両手をベッドの足に縛りつけ始めたのよ。喉に突っ込んだ管が苦しいから、病人が無意識にむしり取っちゃうんですって。むしり取ったら死んじゃうから、白い布切れで手を縛り付けるの。母の膨れ上がった手に、赤い輪が何重にもできてた。病院を出た後、駐車場へ向かう坂の途中で立ち止まって、時々父が振り返るの。ぼうっと聳える高い建物の明かりはすべて消えて、ぽつぽつと青い光がにじんでる。その淡い光に向かって、父は手を振るのね。お父さんだれに手振ってるのって、喉まででかかって聞けなかった。振り返ることも出来なかった。青い光に包まれて、ぶくぶくに膨れ上がった母が立っているような気がして。

 ・「夜中の病室は嘘のように美しかった。~~~天国のクリスマスみたいだねって、妹と言い合ったくらい~~~簡単なことなの、縛り上げられた両手の布切れの解いてあげればいいの。そうすれば彼女は自分で無意識のうちに鼻と口に差し込まれたチューブを~~~私と妹は月の光を吸い込んだ白い布に手を掛けたその瞬間、母は笑ったのよ。私と妹は凍り付いて手を止めた。違う。違うわ。そうしようとしたのは父なの。本当に母を愛していたから、美しく動き回っていた母を愛していたから、冗談みたいに膨れ上がった顔や全身や両腕~~~母に近づいて、さよならって手を握ったの~~~母は握った手を離さなかったの、朝までね。父はだから死なせてあげることができなかったの~~~いいえ、それは嘘。彼女を死なせてあげようとしたのは、そのときも私だった。私は二回も、あの人を殺そうとした。海の底に沈んだような青い廊下を、私は何回もうろつき回ったの」
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break

 たかが立て札の文句だが……
 某病院の構内を歩いていると、つぎのような立て札が目に止まった。

 「芝生をいためる球技等の行為は厳禁する」

 この一文は、何となく変だと思った。「非文」とまではいわぬにしても、言いたいことと書かれたこととに論理的食い違いがあるのではないか。すぐに考えつくのは、それならば「芝生をいためない球技」ならやってもいいのか、といった解釈。こういった世間でよくいうヘリクツは、子どもだけの得意分野と思われがちだが、どちらかというと、大人たちが利己的に話を進めたいときに使われる足掬いの一種だ。
 だが、まあ、日本語を正しく使えないのであれば屁理屈だと言えた能ではない。そもそも、足を掬われる方も未熟であり、言葉の綾ということばに尻尾を巻いて逃げるのもしゃくではなかろうか。そして、これが屁理屈であれば、日本語そのものに論理的欠陥があることになりはしないか。しかし日本語は決してそんな欠陥品ではないはず。頭に一文を書きとめて持ち帰ることにした。
 ついでにいえば、いま私は上の「書きとめて」と書くとき、その前に「メモに残して」と書いていたが、書き直した。それを「書きとめて」と書き直したのは、なにも「メモ」というような外来語を使う必然性がないと思ったからだ。「メモ」についてこのときそう思ったことの遠因は、中学の道徳授業での「よりあいのかきとめ」という講義にある。これをアメリカ合衆国の植民地風にイギリス語で表現すると「ミーティングのメモ」であろう。このごろ「ミーティング」などという植民地用語が広まりだしたが、私の師はこれを「家畜語」と呼んでいる(笑)。しかし古くからの幅広いヤマトコトバとして「よりあい」(寄り合い)という実に的確な単語があるのだ。我らが故郷でごく日常的に使われていた。なぜこれを追放して「ミーティング」などという長たらしくて発音しにくい家畜語を使うのか。日本語にない言葉ならまだしも、あるのにそれをやめて家畜語を使おうというこの哀れな民族に対して、右翼は「民族的危機」を感じないのだろうか、と某氏は辛辣に述べたが、これは事実である。

 ① 芝生をいためる球技等の行為は厳禁する。

 これを「厳禁する」という述語にかかる修飾成分として化学構造式風に分解すれば次のように。

   芝生をいためる→ 
 ②              行為は→厳禁する。
   球技等の→    

 修飾語は物理的に長い方を(あるいは節を)先にする、という原則からすればこれはこれで正しい。「芝生をいためる」も「球技等の」も平等に「行為」にかかるからである。だが、にもかかわらず、なぜ誤解を生ずるのか。それは「芝生をいためる」が「行為」にかかるはずなのに、このままだと「球技等」に直接かかってしまうからである。つまり次のような関係にとられるのだ。

 ③ 芝生をいためる→球技等の→行為は→厳禁する。

 これは次のような例で考えるとわかりやすい。

 ④ 小さな子どものプール。

 これは果たしてつぎのどちらなのか。

 ⑤ 小さな→子どもの→プール。

    小さな→
 ⑥          プール
    子どもの→

 こういう問題はなにも日本語だけのことではない。いわゆる生成変形文法はこうした問題を突っ込んでいったものであろう。④の例についていえば、もし書き手の意思が⑤であるのであればこのままでいい。つまり④のように書けば、⑤と解釈される(解釈されなければならない)。もし⑥の意味に解釈してほしければ、誤解されぬために語順をひっくりかえす。

 ⑦ 子どもの小さなプール。

 「子どもの」が「小さな」を修飾することは文法的にありえず、「プール」にかかることが明白なので、誤解されるおそれはない。全く同じことが冒頭の一文①にもいえることになる。すなわち語順を逆順にして―

 ⑧ 球技等の芝生をいためる行為は厳禁する。

 とすれば誤解されることはない。
 これで論理的問題は終わったが、しかし公表する立て札としてこれではあまりいい文(感じのいい文)とはいえない。「球技等の芝生……」は、論理的には正しくても、「球技等」と「芝生」を「の」でつなぐことによって親和度がはたらき、それだけ読みにくくなる。だから「の」をとって―

 ⑨ 球技等芝生をいためる行為は厳禁する。

 これだとしかし漢字ばかりつづくことによる読みにくさが加わるし、もともと外国語としての漢語は、できればやめるほうがいい。そこで「等」を「など」にしてみる。

 ⑩ 球技など芝生をいためる行為は厳禁する。

 実は⑧から「の」をとったとき、一字の違いとはいえ修飾関係が変化している。つまり②はどちらも「行為」にかかるが、⑨や⑩はつぎのように「は厳禁する」にかかる。この点でも論理的によりすっきりする。

   球技など→
 ⑪                は厳禁する。
   芝生をいためる行為→

 それにしても「厳禁する」とはいかにも傲慢で悪代官的な、この非民主的天皇制後進国にふさわしい「反国際化」的表現ではないかね、ワトソン君。私がまだ幼いくそがきなら、この立て札の場所でわざと球技をやる可能性がある。これは―

 ⑫ 球技など芝生をいためる行為は禁ずる。

 で充分であろう。
 ところで、さきに「論理的問題は終わった」としたが、厳密に考えるとまだ終わっていない。それは係助詞「ハ」の使い方である。たとえば―

 ⑬ この川で泳ぐことは禁ずる。

 そうねえ……泳ぐこと「は」禁ずるが、歩いて渡ること「は」いいのね。つまり係助詞「ハ」は、題目語として格助詞「ヲ」を兼務する役割のほかに、対照(限定)の役割があるので、このような解釈も可能になる。だから⑫は、たとえば「古本を並べて売る行為は禁じない」というような対になっている別の内容がかくされていると解釈することも不可能ではない。この誤解を防ぐために、法律用語などは「ヲ」の兼務を解いて「……ハ之ヲ禁ズル」と二つの助詞に分けたりしている。この立て札の場合、そんな面倒なことをしなくても単に「ヲ」を使えばすむ。

 ⑭ 球技など芝生をいためる行為を禁ずる。

 以上。

gray

 物語。濃縮された、物語。
 それは、ジュースよろしく薄い味に還元されたりはしない。濃いままの味を一滴だけ読み手に味わわせる。その一滴で、どのような風味と味わいを持つのかを知らしめる。あとは、私たち自身の持つ水で、自在に混ぜ合わせて飲み頃にすれば良い。その術を知った人たちは、凝縮された彼らのエッセンスを美しい小瓶に詰めて心に隠し持ちたくなるだろう。
 彼と彼女の両者には近いものがある。作者がどう思おうと読者には関係ない―。
 詭弁のようにも、傲岸不遜にも思える。でもそうではなく、「そうだったのか」と納得させられる。
 それはまるで作品に登場する憑物落とし。
 自身は、本と心安けく過ごせる環境を愛し、争いを心底憎む……その性分、どうやら幼時に完成されたようで、そこがどうにも極めて妖怪的であったりもする。
 あれは間違いなく、氏は破格の作家である。

 「りんご追分」のさっちゃんは、いつのまにか働かなくなった男との日々に倦んでいる。彼に声を荒げる自分に打ちのめされている。それでも、彼を失ったら泣くだろう。夜もバーで働く彼女が、みじめな男の客とつかの間の会話を交わして明け方ひとりで帰ろうとする。
 〈グラウンドの角を曲がったとき、いきなり音が破裂した。トランペットだった。あたり一面全部の空気をふるわせて、力強い音が流れた。おそろしくゆっくりの、暴力的なまでに巧みな、「りんご追分」だった。音は空に向かって破裂するようにも、地面にしずかにおりていくようにも思えた。あたしは動けなかった。
 どうしてだかわからない。あたしの心臓が泣き始めた。号泣、と言ってもいいような泣き方だった。〉

 人の心の堤防を崩してしまうのは、投げつけられたひどい言葉でも暴力でもないのだ。通りすがりの男の返す〈おやすみなさい〉であり、トランペットの音色であることも。何故なら、それは不意打ちだから。不意打ちが、涙腺の堰を切る。「りんご追分」が、彼女のそのためだけに作られた曲のように、はっきりと私たちの耳に届く。聞こえてくる。字なのに。

someday

 一体感。週末という名の免罪符は、しょうがないなという風潮の元、おつかれの働きマンが蔓延るこの東京にとって、一種の文化なのか。

 混雑した週末の揺れる終電、4分遅れで駅に到着。
 スーツを着こなす営業と思われる若い男女二人組み。奔放な会話に耳が寄る。会社での付き合いで、上司に対する女の酌が抜群だったと、男が女を評価している。「飲みたくない場所でもキヅカイができる子はいいよ。」「いやあ、全然大したことないですよ。」

 彼らを背に、ロングヘアーの女子高生が、学生バッグからアイ・パッドを取り出し、髪をかきあげイヤホンを付ける。日付けの変わる時間帯、制服を着た学生が電車に乗っていることに誰も違和感を示さない。皆、疲れている。彼女のイヤホンから音漏れはない。

 「学生の頃はよかったですよね、いやな人とは付き合いとか考えなくてよかったんだもん。やりたいことだけやって、好きな人と好きなことだけしてりゃよかったんだから。」「あの頃に戻りたいよねえ。」

 聞こえよがしの会話は、女子高生の耳に届くか否か。対しては、瞳を閉じ、聞こえない振り。
 車掌の案内と共にドアが開く。人の波はない。誰も降りないことを皆が同意する。
 不意に声が響く。「降ります」。女子高生の声。ドア付近の営業が脇にそれる。
 彼女の声に振り向く乗客と、彼女のあとに続く千鳥足の年配の男。
 白いものの混じった年配の酔っ払いを軽く見送り、下を向いたまま乗りなおす女子高生。少しバツが悪そうにして営業の女は道をあけた。
 急に発車する乱暴な運転、揺れる人並み。女子高生の足は掬われた。
 倒れかけた彼女を支える営業の女。はにかみ合う二人に、営業の男の笑顔がだらしない。
 ささやかな補い合い。気付かぬ気遣い。人という字。愛という字。

 垣間見えるドラマ。作り笑顔ではない彼らの笑窪の向こう側に、つらいことを耐えた自分たちへの小さなご褒美なのだと、素直に受け止める。人々が皆、素直になり、一体感を生んだと信じる。錯覚でもいいから、思い込む。
 素晴らしい世界。それでいい。

 歳の数を重ね、知識を蓄え、難しい言葉を覚え、苦難を経験し、自立し、物を語ることが、大人になるということじゃない。そもそも、大人というものが絶対じゃない。

 若くても、理解しようとする心を持ち、簡単なことばで愛を唱え、人の苦しみを分かち合い、景色や相手を目を閉じても感じることができ、自分らしい生き方を全うすることが、人として魅力ある生き物なのだと。


artists

 大学の帰り道に東京タワーがいつも視界にあったので、あんまし珍しい感はなかったけど、時々また見上げたくなるときがある。東京タワー、売れたね。

 23歳の春、作者の彼は何者でもなくなった。美大を五年で卒業、即無職。小倉から東京に出てきたのは「上京するため」で、上京した時点でおおよその目標は達成。
 卒業と同時に中野に引っ越したのは、住んでたアパートを追い出されたのと、大学があった国分寺以外の東京を知らなかったから。
 「うちの学校の人って卒業しても国分寺に留まってて、国分寺っぽい生活始めるんですよ。無農薬野菜作ったり、インドとかに傾倒したりとか。部屋に飲みに行くと、だいたい針葉樹の葉っぱがついたインテリアですよね。だからそれ以外の東京を知りたかった」
 その、郊外としての限界が中野だった。家賃は八万ちょい。後輩とシェアすることになっていたが、払える当てなど何もなかった。自伝的な小説『東京タワー』によると、就職をしない旨を告げた彼に父親、オトンはこう言ったという。

 「絵を描くにしても、何にもせんにしても、どんなことも最低五年かかるんや。いったん始めたら五年はやめたらいかんのや」
 
 彼の二十代は、借金を育て、引越しを繰り返した時代だった。
 中野時代に早くも生活費のためにサラ金の洗礼を受け、中野を追い出され、従妹のつてで下北沢へ。そこを追い出されたあとは自由が丘のある事務所を又借り。電気水道ガス全ストップ状態のまま暮らしたはいいが、家賃滞納と又借り発覚で、都立大学へ夜逃げ同然のリヤカー引っ越し(笑)。このころにはものすごくヤバイ金融屋さんもお金を貸してくれない体に。こうしたエピソードは、小説にもじっくりと書かれている。

 「自分で書き出してみるとすごい悲惨な生活で、将来が不安になりそうなんだけど、何の不安もなかったです。当時、何も考えてなかったから。たとえば、中野のとき、部屋で麻雀したりバイクに乗ったりしたのも追い出された理由だったんですけど、それに対して、すごい憤りを感じてましたね。すごい都会に住んでるつもりだったから麻雀ぐらいの街のノイズが気になる人は都会に住むべきじゃないって本気で思ってました。狂ってましたね」

 同級生や友達経由でたまにイラストの発注などはあった。でもそれでは「食う」にはほど遠く、借金は膨らんでいた。でも将来への不安はなかった。

 「考える暇なかったんじゃないですかね。今日食うこととか、今月返すことの方が重要で。そういうことばっか考えてると、将来に夢が持てるんですよ。少なくとも今よりは良くなるはずだって。まだ何にも始まってなかったから。何かが始まると天井が見えてくる。たとえば会社に入ったら、良くてこのくらいの感じだな、とか。何にもない人には、相当夢がありますよ」

 下北沢に暮らしていたのが、ちょうど二十中ごろ。麻雀ばかりやっていた。もっとも悲惨だったのがそのあとの自由が丘。

 「屋根はあったけど、ホームレスの方がまだちゃんと生活してたはず。ライフラインも確保してるわけですし。結局もう、そんな生活をしてると、周りに人がいなくなるんですよね。今、ニートの人とか増えてるのは、気力がないからだと思うんですよ。オレもめちゃくちゃ気力なかった。金もないし、バイトを探す気力もない。『家でごろごろせずに仕事探しなよ』って人は言うかもしれないけど、それができないからごろごろしてるんだって」

 何とか食っていけるなと感じたのは二十代暮れ。海苔会社の倉庫でバイトをしながらも、これもう辞めても大丈夫だな、と思ったという……ん、バイト? 実は、気力を取り戻していった過程に関して、記憶が曖昧だという。

 「奮起せねばっていうのは、なかったと思います。ただもうそのころぐらいで『働かないで家に金がない』っていう生活に飽きてきてるんですよ」

 仕事も少しずつ増え、エロ本や音楽情報誌での連載にくわえて、構成作家のバイトもし始めていた。「エロ本の五年分ぐらい」というギャラが大きかった。同じように大きかったのが、仕事に対する姿勢の変化。

 「自由を楽しんでても、もう何も楽しくなくなってた。ごちそうさまでしたって感じじゃないですかね。だから、たとえばラジオ局とかで、コイツつまんねえなって思うようなヤツとでも、一緒に仕事してる方がマシだったんですよ。何にもしなかったのは、きっちり五年でした」

 彼はイラストを描き、小説やコラムを書き、絵本を作り、ラジオでエロ話をし、テレビで寡黙な人となっている。いろんなことをしている。

 「でもコレをずっとやっていこうとは思わないんすよね。文章書き続けようとか、絵は絶対やめられないとかって、ない。二十五のときから、四十一になる今まで、仕事に対する考え方は変わってないと思いますね」

 ライターとして、生涯最初のインタビューはのりピーだったそうだ。このとき、仕事の面白さに気がついたという。カメラマンにやまさん(当時無職)、アシスタントにのりピーのファンであったという若き日の黒住光氏(現ライター)をブッキング。取材時、明らかにド素人だとバレていた、しかし。

 「オレらがその辺で摘んだみたいな花を新聞にくるんで『プレゼントです』って渡すと、ずっとひざの上に置いてくれるんですよ。何かをとるときにいったん下ろしても、またちゃんとひざに戻す。で、最後にサインくださいって言ったとき、彼女はあそこで延長コード巻いてる男もたぶんワタシのファンだわって、ひとことも声を発してないのに気づいたんですよ。それで彼の方につかつかと歩いていったと思ったら手を差し出した。貧しい子どもに手を差し伸べてるマリアさまですよ(笑)。そのとき彼はアディダスのカントリーっていうスニーカーを履いてて。ずーっと大学時代から履いてたんだけど、バイト先の工事現場のコンクリを吸って、グレー一色のなんかわからない靴になってたんです。オレたちはいっつも捨てろよって言ってたのになんでもいいからって履き続けてたんです。でも取材の帰りに、『生まれて初めて汚い靴を履いてることを恥ずかしいと思った』って。それからはイメルダ夫人みたいに靴を買うようになった(笑)。

 口で言っても聞きゃしない、そういう単純なことを人に教えてあげるのが啓蒙だと思うんですよ。

 そこに痺れましたね。仕事するのが面白いなって思ったのは、自分らが痺れたかったから。だからそのときのオレたちみたいに、ニセモノでもいいからいろんなことをやろうと思ったんです」

 
 自らをブラックジャックになぞらえる。イラストも写真も文章も、やることすべて無免許。その道のプロを名乗りはしない。そのかわり、プロ以上に良くしなくてはいけない。

 「そのプレッシャーはつねにあります。こんな長編小説とかを出すと、今後ずっとこういうものを書いていかれるんですかって聞かれるんですけど、全然そんなことはないんです。そういう意味では四十一歳にして、まだ始まっていないのかもしれない。五十歳ぐらいには、これから先、死ぬまでやることを決めたいというけれど、同時に「そのころには六十歳までにはって言ってそうな気がする(笑)」。

 バブル絶頂期に大学を卒業し、それでも何にもしないことを選んでここまで来た。彼は、全然状況の違う今の二十五歳に、こんなふうにいう。

 「脱線の道はあっても、軌道を戻すことは難しい。乗り遅れてる以上は、ホンモノとかエリートとか、世の中的な判断で、すばらしいとされるようなものになるのは無理だし、またそれを目指す必要もないんで。それを踏まえて、自分のやらなきゃいけないことを探した方がいい」。それは図らずも彼が踏んできたルート。あるいは、「みんなまんべんなく何とかなる」ともいう。

 すでに始めてしまった人にとって肝心なのは、死なないこと。やめずに続けること。

 「オレの友達のどんなバカでも、とりあえず何とかなってるもん。厚かましくてやめない人だけがプロになってるような気がするんですよ」と、卓上の電気グ○ーヴのCDを指差す。
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